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2014年6月1日日曜日

2014.05.31-06.01 谷川岳マチガ沢新人雪上訓練

谷川岳マチガ沢 新人雪上訓練 記録
                                                                                                  文責:澤田健太郎

メンバー
3年 土井崇史、金山慎介(SL)、塚本宇信
2年 澤田健太郎、白石薫平、伏見修一、松本憲典
1年      阪本豪、杉山普、中西隆史、中山省吾、三浦玲児
OB 田中淳一(CL)、伊東毅、大谷尚史、岸元士

日程 2014531日~61

531
分倍河原 7:00- 10:50 ロープウェイ駅 10:58-11:25 マチガ沢出会 11:54-13:25 雪訓開始 15:22 撤収 -16:00帰幕19:30 就寝

61
起床4:00 -5:45出発-6:45雪渓着10:50休憩11:20訓練再開-撤収 12:25-13:00帰幕13:30-14:00ロープウェイ駅14:10-14:37湯テルメ谷川

531日 晴れ
分倍河原駅と東京駅集合、さらに電車で向かう組の三手に分かれて出発する。一部遅刻者がいたが、全体の計画に影響を及ぼすほどの遅刻ではなく、ほぼ予定通り出発。途中休憩をはさみつつ、ロープウェイ土合駅へ。そこで全体で合流し、指導所に計画書を提出。
林道を歩き、30分ほどでマチガ沢の出会へ。テントを設営せず、荷物を雪訓用に詰め替えて雪渓へ向かう。夏道から雪渓へ向かうが、雪が予想以上に溶けており、道探しに右往左往する。なんとか道を発見し、昨年度訓練を行った場所と同じ、それほど急でない斜面にて雪訓を行うことにする。
まずは伏見の指導で1年生の歩行訓練を行う。キックステップにて雪渓を登ったり降りたり、また菱形に歩行をする練習も行う。その間に、上級生はピッケルストップの練習に備え塹壕を掘る。
30分ほど歩行の練習をしたあと、ピッケルストップの練習に移行する。伏見がまずはデモンストレーションを行い、解説をする。1年生は3人と2人のグループに分け、まずはあまりスピードを出さない状況から制動をさせる。なかなか雪面にピッケルを打ち込めずに苦戦しているものもいたが、全く止まらないというほどではない。上級生も1年生の練習の合間に復習をしておく。最初は尻もちを着いた状態からのピッケルストップ、そして頭から斜面を滑り、体を回転させる形のピッケルストップの練習をした。
1時間ほど制動の練習をしたあと、撤収をする。帰りは雪渓をキックステップにて下り、夏道に合流した。テント場に戻り、テントを設営する。上級生の指導のもと、1年生にもテントの立て方を覚えてもらう。駒場で練習していたとはいえ、まだまだ1年生は手間取っていた。夏合宿前に再度の練習が必要だろう。
本日のエッセンは、ご飯と野菜炒め。1年生に米の炊き方をしっかりと覚えてもらう。昨年の夏山の悲劇を繰り返してはならない。我々にとっては大人数の山行であったので、食事は順次出来たものから食してもらう。米も野菜炒めも会心の出来だった。野菜炒めに対して余ったラーメンのスープを流用するというアイディアは秀逸だった。
食事後、サプライズで白石の誕生日を祝う。エッセン担当の伏見がデザートとして杏仁豆腐を用意してくれていた。
その後、夕飯の後片付けを済ませ、2年は連れ立って一ノ倉沢を見に行く。ずいぶんと暗くなってしまっていたがその圧倒的な存在感は感じ取れた。

61日 晴れ
 4時に起床する。V6の連中が主にエッセンの支度をする。その間に他のテントの者は荷物を片付けテントを撤収。朝のエッセンはぜんざい。はじめての試みだが、美味しく作れた。個人的にはもっとドロドロとしているものが好みだ。
 予定より15分早く、5:45には雪渓に向け出発。1時間弱歩き、昨日と同じ場所へ。キックステップにて少し雪渓を上がり、斜度がきつくなってきたあたりでアイゼンを装着させる。1年生はアイゼンの装着にかなり時間を食った。
 アイゼン装着後、30分ほどアイゼンを着けた状態での歩行訓練を行った。メニューとしては昨日と同じで、上り下り、菱形にて歩くという練習。スパッツにツァッケを引っ掛けて破る1年生はおらず、一安心。
 歩行訓練後、ロープワークの練習に移る。まずはスノーバーを打つ見本を塚本が見せる。その後、まずは肩がらみでのビレーの練習を行う。クライマーの側のザイルを脇の下から出すことや、足場を固めて姿勢を作ることなど基本的なことを伝えた後、実際に1年生にビレーをやってもらう。
そして、パーティーを分けて、1年生がトップ、ミッテル、ラストすべてを経験するようにロープワークの練習を行う。ビレーはルベルソで行った。スノーバーの打ち方や基本的な動作の流れなどは一応確認できたが、再度の練習が必要だろう。
一通りのロープワークの練習後、次は雪面でクローブヒッチを用いての懸垂下降の手順も確認した。1年生も問題なくこなせていた。その後、1年生の2人組にてつるべで雪面を降りて行ってもらい、一度休憩をする。
昼の休憩をとった後、ピッケルストップの練習に移る。まずはアイゼンを着けた状態での実践的な練習をする。1年生にたいしてはアイゼンを雪面に引っ掛けて飛ばされないようにと注意点を伝える。何度か練習をした後、アイゼンを外し、勢いのついた状態や、グリセードから大勢を崩してしまってからのピッケルストップなどの練習をする。2日間の練習で1年生もずいぶんと慣れてきたようだ。
正午過ぎまでピッケルストップの練習をし、テント場へ撤収する。荷物をまとめ、林道を戻り、ロープウェイ駅で車に乗り込み温泉へ向かう。

温泉では阪本が体調不良を訴え、回復を待ったが万一に備え医者へ行くことに。食中毒を疑ったが、急性の胃炎ということで原因ははっきりとはわからず。赤城高原SAで夕食をとり、分倍河原と東京駅に分かれて帰路へ。

2014年5月24日土曜日

2014.05.24 日和田山岩登り訓練

記録:白石薫平

2014年5月24日
高麗駅7:30--8:00日和田山女岩にて訓練--11:30昼休み12:00--訓練15:02--高麗駅

昨年度の夏山合宿では新人の岩稜歩きに対する技術と理解が不十分であった。また、部員及び普段から活動に関わっていたOBと、パーティーリーダーとして来たOBとの間で、夏山合宿に対する認識の差があり、不完全燃焼で終わった感があった。前者は夏山合宿も練習の一環と捉えていたが、後者は真剣勝負の試合の場として捉えていたのである。今年度は、夏山合宿に対する認識を後者で統一し、新人の岩登りの技術とロープワークの理解を十全なものとして臨む必要がある。このような意識の下、新人訓練をより早くから進めるために、今回の訓練は実施された。なお、本稿で登場するルートの名称や難易度は全て、北山真(2009)『フリークライミング 日本100岩場 2 関東 増補改訂版』山と渓谷社に基づく。

新人の個人装備は5月17日に買い揃え、共同装備は前日の23日に準備した。その結果、カラビナやスリングについて計画した数が用意できないことが判明した。この訓練は手元にある分で乗り切れたが、夏山合宿に向けて買い足す必要があると思われる。

集合は高麗駅に7時30分だった。新人の杉山が、駅の精算機が使えずに電車を逃したという理由で遅刻した。本隊は場所取りの都合で先に出発し、連絡を確認した7時45分の時点で白石が駅に戻って合流した。電車を逃したというので遅刻は仕方がないとしても、連絡をしなかったのは問題である。また、5月10日と11日に行った乗鞍新人歓迎山行の時にも新人の遅刻者がいた。部内の意識を高める必要があるだろう。

女岩に到着してガイドの森さんと合流し、新人はハーネスの付け方や各種ギア類の特徴を教わった。その後、懸垂下降の基本を教わり、実際に下りる練習を3本行った。新人はこわごわと恐る恐る下りていたので、上級生は足を開いて安定させるようにと指導していた。女岩下部に下りてからはビレイの仕方を教わり、女岩南面のグレード5.5のルートや、5.7の南面コーナー・クラックをトップロープで登った。ロープは南面だけに3本垂らした。上級生は各ペアに付き、ビレイヤーの補助を行った。これ以降の午前中はこのように過ごした。途中でロープをもう1本垂らし、塚本、澤田、白石は5.10aの下部ハングに挑戦したが、誰も成功しなかった。11時30分頃に切り上げ、女岩上部で昼休みをとった。

午後の部は12時頃より始めた。まず伏見と松本が北面フェイスにロープを垂らし、懸垂下降で下りて2人で登った。グレードは5.9であるが、松本が成功し、伏見は登山靴だったこともあり登れなかった。新人は午前と同様に南面で登る練習をし、上級生は西面に移って登った。塚本、澤田、白石でニュー・レフトと呼ばれる5.10aのルートにロープを垂らし、空中懸垂で下りて幾度となく試みたが、誰も成功しなかった。13時30分頃から全員が西面に移り、5.6のチムニーや右ルート下部から南面に回り込んで登るルートなどをトップロープで登った。ボルダリング経験者の三浦は、新人ながら上手に登っていた。14時30分頃から片付けを始め、新人がロープを結んで下山を開始した。登山口で森さんと別れ、途中の喫茶店でお茶をしてから解散した。

振り返ろう。新人は、今回の訓練で一通りの基本事項は網羅できたと考える。夏山合宿に向けて、今後はロープの結び方の習熟と、釣瓶式に登る際のロープワークを理解する必要がある。前者は繰り返し練習することで、後者は6月下旬に予定されている三つ峠屏風岩での訓練で達成できると良いだろう。また、今回参加できなかった新人の黒沢を交えて、御殿下記念館で一度練習する必要があるだろう。上級生は、今回の訓練でフリークライミングにおける5.10のルートを登れないこと判明した。筆者は大きな敗北感を覚えた。シブリンやK7の頃のTUSACとは大違いであり、もっと技術を向上させる必要があると感じた。尤も岩志向ではない部員もおり、自由さと風通しの良さは部活動に必須であると思うから、有志で技術を高め合って行こうと考えている。また、今回はゲレンデということもあり、岩場での緊張感が足りなかったと感じた。遅刻者の件とも関連するが、緊張感を持つべき場面では厭わずに注意をするという意識を、上級生に比べて新人が多い今こそ共有すべきだと考えている。

女岩南面を登った新人の阪本

2014年5月17日土曜日

2014.05.16-17 源次郎沢

山行記録  
作成者:塚本
516日(金)~17日(土)
参加者:塚本(L)、金山
登山形態:沢登り 天気:晴れ
目的地:丹沢 水無川支流 源次郎沢

(行動記録)
16日 駒場19:20=渋沢駅20:00=大倉バス停20:30~(ビバーグ)
17日 起床4:00~出発5:00~戸沢山荘6:20~入渓6:40~堰堤上7:10~二俣8:40~花立山荘10:45~(大倉尾根)~大倉バス停13:10=渋沢駅

(行動概要)
五月祭に合わせて山に行こうと塚本が画策。暑くなってきたので沢登りがしたくなったので沢登りが初めての金山を連れて、丹沢の入門的な沢である源次郎沢に向かった。
 金曜日の夜発。計画では戸沢山荘あたりでビバーグするつもりだったが、暗い中歩くのも嫌だねということになり、大倉のバス停で野宿することにした。思った以上に寒くツェルトにくるまってやっと寝ることができた。東工大の山岳部に絡まれた。東大とは何かと縁があるとかそんな話を聞く。
 翌日、戸沢林道を行く。思った以上に暗い道。沢に入る前にちょうど良い感じのウォーミングアップになった。戸沢山荘を超えて入渓地点まで行く。源次郎沢と水無川の本谷の合流地点から入渓した。源次郎沢には堰堤がかかっているので過去の記録を見て本谷を歩く。すぐに看板が出るとのことだったがなかなか現れない。そうこうしているうちに堰堤が出てきたので、取り付けられて鎖をつかって左岸から巻く。しかし記録にはこんなことは書いていない。これは大変おかしいし道もこのまま本谷に向かっていくように思えたので引き返す。かなり戻り書策新道と思われる踏み跡を見つけ出し進むが、進みすぎてしまい、沢がだんだん遠くなっていく。また引き返して途中の入渓できそうなところから再入渓した。ちょうど堰堤の上に出られたので結果オーライだったが時間と労力をとられてしまった。遡行を始めるとすぐに4mの滝F1。主要な滝にはすべて新しい看板がつけられていた。これは直登した。F2F3も直登し、F4で初めてザイルを出し直登した。右岸岩壁のリッジになっているところを登り看板のところから左のルンゼになったところを行く。リードは塚本。(この後もリードは全て塚本が行った。)すぐにF5.ここでもザイルを出す。滝に向かって左側の乾いたリッジになったところを行き、上部で水流の方にトラバースする。岩は安定しているし、きれいなボルトもついていてあまり怖くはない。二俣を過ぎる。開けていて日が当たり印象的。日もあたたかく(むしろ暑いくらい)、絶好の沢登日和となる。右俣に進みすぐにF6に出る。源次郎沢の中では一応は一番の難所だった。210mだが、1段目はかなり容易に登れる。2段目に看板が取り付けられており、この看板に向かってすぐ右側から乾いたところを登る。最初の2~3mぐらいでちょっと手間取る。といってもすぐに抜ける。残置も豊富であり、上部にはきれいなボルトがご丁寧に取り付けられていた。遡行を続けていくと大きなガレ沢と出会う手前ぐらいで水が枯れる。F7F8はなんの変哲もなく簡単に登れる。むしろ岩に近い。F9はチムニー上になっており、その中を登れる。ホールドも豊富にあり結局ザイルは出さなかった。水がなくなっているので岩登りに近かった。すぐにF10に出る。大きな倒木が残置スリングのついた既成のルートにかかっており、大変登りづらそうに見えた。しかし最後の滝なのでせっかくなら登りたいと、ザイルを出して、左側のスリングがついてところではなく中央のルンゼを攻めて様子を見てみる。ルンゼは突破できたが、そのあとにつまりそうなのですぐに引き返してあきらめた。仕切りなおしてダメもとで残置のスリングのかかった方を攻めてみる。少し登って改めて確認してみるとやっぱり倒木が邪魔で無理そうである。無理をする気にもならなかったので、結局高巻くことにする。今回の山行で初めての高巻だった。右岸から高巻く。しっかりとした踏み跡もついている。このあたりで単独の遡行者に抜かされる。沢の中心を倒木やら岩やらを乗り越えて進んでいく。次第に笹原となり地面は赤土になる。勾配も急になりだんだんと飽きてくる。そこを抜けると再度疎林に入り、一般道と合流する。花立山荘ちょっと上の登山道に出る。山荘からはきれいな富士山が見えた。暑かったのでかき氷を食べつつ、沢靴を脱ぐ。結局蛭には出会わなかった。帰り道は大倉尾根をそのままバス停まで降りた。

(感想)
塚本:天気も良く楽しい沢登りだった。一年生同行でも行けるので、九月ぐらいにまた来たい。大倉をベースにして集中的に沢登りの合宿をするのも楽しいかと思った。そのためには下級生の沢装備を揃えなければ・・・・。次は丹沢なら水無川本谷かセドノ沢左俣に、奥多摩なら大雲取谷に挑戦したい。


金山:初めての沢登りであったが、天気にも恵まれ非常に楽しく登ることが出来た。去年一昨年と装備を持ちながら沢に行かなかったことを今更ながら後悔している。個人的に最近は北アルプスの山に目を奪われがちであったが、大学から近いところにあり楽しく登れる場所に関してレパートリーを増やしていくことは今後重要になっていくのではないかと感じた。

2014年5月11日日曜日

2014.05.10-11 乗鞍岳新人歓迎山行

乗鞍岳新人歓迎山行記録 文責:澤田健太郎

510日~11
参加者 新人:黒澤、坂本、杉山、三浦
    現役:土井、塚本、澤田、白石、伏見
    OB:岸さん、椿谷さん、飯泉さん

511日 現役起床4:30…出発7:30…三本滝8:008:55休憩(カモシカゲレンデを上がったところ)9:039:48休憩(屋根板)10:0610:35肩の小屋11:02…休憩11:48(位ヶ原を少し降りたあたり)11:5812:23三本滝

510日(土)
新人歓迎山行ということで、去年一昨年に引き続きVSAに泊まり、乗鞍の肩を目指すという計画に。今回は3人のOBの協力をいただけるということで、それぞれ分倍河原、阿佐ヶ谷、駒場の3ヶ所に分かれ出発することに。小仏トンネル付近での事故による渋滞で予想以上に時間がかかってしまう。当初の計画では鈴蘭小屋で合流しメープルで昼食を取ることにしていたが、計画を変更する。
予定通りとはいかないまでも、飯泉車が松本に一番に到着し、買い出しを済ませる。鈴蘭小屋に到着し、メープルで昼食を取り、椿谷車組と合流。VSAに向かう。
VSAを使える状態にし、各々天気が良いので日光浴をしたり読書をしたりとゆったりとした時間の流れを楽しむ。岸車組もVSAに到着し、15:30から夜のエッセンの準備を始める。新人の協力もあり、なかなかのエッセンができ、宴会とも夕食とも区別のつかない時間を過ごす。21時には全員が就寝の準備を済ませる。

511日(日)
 4:30に起床し、エッセンを作り始める。例のごとくラーメン。量を作りすぎてしまったので、食器の片付けと並行して余った食事を流し込む。その後VSAの掃除なども済ませ、7:30に三本滝に向けて出発。飯泉OBVSAに残るが、三本滝まで車を出してくださる。三本滝にて新人にスパッツをつけたりと指導をし、カモシカゲレンデを登り始める。昨年よりも雪が少ないように感じる。ゲレンデ部分は雪が残っていなく、芝の上をあるく。
 途中バス道を2回越える。バス道から斜面にあがるところでは、雪の壁のようになっており、新人はそこをキックステップで足場を固めて登るのに難儀していた。ゲレンデを上がりきり、ツアーコースの途中で一度休憩をとる。新人も体力的に問題なさそうだ。
 さらに登り、屋根板のあたりで再び休憩を取る。白石が昨日の火の番による寝不足で遅れ始める。また、新人の黒澤も足に軽い痛みを訴えペースが落ちる。しかし大事なく肩の小屋まで到着し、石垣付近で長めの休憩を取る。たくさんのスキーヤーを見かける、。
 休憩後、ツアーコースを下る。途中椿谷OBがスキーで華麗に滑り降りていくところを見る。下りは駆け足のようなハイペースで降りて行く。1時間強で三本滝まで降りる。

 VSAに戻り、雨戸などを完全に閉め、銀山荘にて温泉に入り、現地で解散。

2014年5月5日月曜日

2014.05.03-05 甲斐駒ケ岳・仙丈ヶ岳

甲斐駒・仙丈ケ岳 記録     作成者 伏見 修一
参加者 現役 (CL)白石 伏見 澤田 OB 岸
53日 快晴
分倍河原630-仙流荘1220-1305歌宿1315-藪沢の橋1330-太平山荘1450-北沢駒仙小屋1520
移動日であった。北沢駒仙小屋の幕営地に雪は少なかく、それなりに人がたくさんいた。幕営地で非常にのんびりと過ごすことができた。ベースキャンプを張る山行だったので、エッセンを豪華にしておけばよかったと軽く後悔した。

5月4日 快晴
北駒仙小屋456-506北沢峠511-601 急坂途中アイゼン着615-大滝頭650-655大滝頭少し先705-750小仙丈ケ岳800-905仙丈ケ岳945-1025小仙丈ケ岳1035-大滝頭1057-1110四合目1125-1216長衛荘
仙丈ケ岳に登った。天候と雪質が非常によく、快適に登ることができた。アイゼンを早く装着していればより登りやすかったかもしれない。途中何度か急坂があったが、そこまで困難な道はなかったように思える。山頂でも快晴で、展望を十分に楽しむことができた。途中東工大山岳部や慶応大の登山サークル(?)とすれ違った。この山域は読図の練習にちょうど良いのではないかと思った。下山後、小屋でのんびりとした。山菜そばがおいしかった。

5月5日 曇りのち雨 強風
北駒仙小屋521-555仙水小屋600-仙水峠 640-715仙水峠少し先725-757駒津峰810-甲斐駒ヶ岳916-1006甲斐駒ヶ岳少し降りたところ1014-駒津峰1033-1125北沢峠少し先(アイゼン脱)1142-1216北沢駒仙小屋-歌宿-仙流荘-部室

甲斐駒ヶ岳に登った。出だしから雪が多かったため、アイゼンは最初から装着していた。仙水小屋を過ぎたあたりから風が非常に強かった。仙水峠を過ぎて方の樹林帯では、風を防ぐことができたが、それを過ぎると、立ち止まるのがいやになるほど風が強かった。摩利支天、直登の分岐で、直登コースに進んでからは、雪がほとんどない岩場で、また、歩行が困難なほどの強風が時たま吹いた。このような道をアイゼンを付けた状態で歩けたことはいい経験になった。山頂はあまり展望が望めず、風も強かったためあまりとどまらなかった。下りも直登コースを下ったが、摩利支天コースを下ってもよかったかもしれない。直登コースを下りきってからは目立った難所はなかった。下山してから長衛小屋でのんびりした。おでんがおいしかった。歌宿からバスに乗り、仙流荘で温泉に入ってから、岸さんの車で東京へと戻った。                                                                                                                                                                 

2014年4月26日土曜日

2014.04.26-27 雲取山新人歓迎

記録:白石薫平

 1. 4月26日

駒場9:57--8:47立川--9:50奥多摩10:30--11:10鴨沢西11:13--11:28お祭--11:30後山林道--12:00片倉橋12:10--12:23黒滝橋--12:35後山橋--12:37塩沢橋--12:49鷲久保橋--13:02休憩13:15--13:23ゲート--13:45後山林道終点--14:10三条の湯

引率の伏見と白石は駒場に集合した。朝、金山が差し入れのスープを持ってきてくれた。1年生3人は、立川集合の方が朝遅く出発できるとのことだったので、8時35分に立川のホーム前方集合にした。
駒場から井の頭線で吉祥寺まで行き、中央線に乗り換えた。次の三鷹でホリデー快速おくたま3号に乗り換え、1年生の待つ立川を目指した。このホリデー快速という列車は、おくたま号とあきがわ号が連結されており、拝島で切り離して、前者は青梅線、後者は五日市線を進む。これを考慮せずに1年生と落ち合う計画を立てたので、立川で少々混乱があったが、無事後方に連なるおくたま号に全員が乗り、奥多摩に向けて出発した。
土曜日の朝ということもあり、車内は混雑していたが、大半は御岳までで下車した。御岳のホームにはボルダリング用のマットを担いでいる人もいた。
奥多摩に着き、バスが来るまでは買い物をしたり、パンを食べたりした。バスは大変混雑しており窮屈だったが、終点の鴨沢西まで乗っていたのは、我々を含めて4パーティーほどだった。
バス停からすぐ歩き出した。歩き出しは車道を歩いた。奥多摩湖の周りをバイクが爆音を轟かせながら疾走しており、怖かった。お祭洞門を過ぎるとすぐにお祭の集落が見えた。その後しばらく車道を歩くと後山林道の入り口に到着した。
登山経験のない1年生も林道は労せず歩いており、コースの選択としては間違っていないと思われる。しかし、この林道は落石の危険があり、我々の歩行中も小さな石がポロポロと落ちてきた。また、2014年2月は全国的に大雪であったが、ここでもその影響が顕著に見られた。林道から見える沢には雪が残っていることが多かった。また、大雪で杉の木がなぎ倒された雪害も見られた。
塩沢橋のところで沢山の小さな子供に会った。小屋で聞いたところ、親子登山教室のようなものであった。塩沢橋からはヨモギ尾根経由で石尾根に登れる。この道は昭文社の山と高原地図「奥多摩」(2009年版)では破線で表示されており、一般道とはされていない。しかしながら、現在は道案内の看板のようなものが設置されており、それなりに登られているようだった。
林道は2時間15分で歩いた。林道終点から三条の湯までは登山道を歩いた。登山道とは言っても極めて歩きやすく整備してある道であった。

三条の湯のテント場には既に10張ほど設営されていた。そのため端の方の、水場から少し離れたところに我々は設営した。受付を済ませてから、新人歓迎の名目で小屋でおでんを食べた。その後テントに戻り、夕食のカレーを作り始めた。具材としてじゃがいもと人参を切って持ってきたが、腐ってしまっていた。今後は現場で切るようにすべきだと思った。カレーを食べて片付けを済ませて、翌朝は3時30分に起きることを伝達し、17時30分には寝た。夜は思った以上に冷え込んだ。

2. 4月27日

三条の湯4:50--5:37尾根上の展望地5:45--6:00露岩--6:30巨岩--6:35雪渓通過--6:45水分補給6:47--7:03三条ダルミ7:13--7:45雲取山8:02--8:33奥多摩小屋8:45--9:02七ツ石山直下--9:15七ツ石山9:25--9:45峰谷分岐--10:22鷹ノ巣山避難小屋10:37--11:02鷹ノ巣山11:15--12:07六ツ石山分岐12:25--13:13休憩13:23--13:30鳥居--13:35車道に出る--13:49羽黒三田神社--13:54車道に出る--14:03奥多摩

起床は予定通り3時30分だった。伏見、杉山は朝食作り、白石、三浦、中山はテント撤収と決めていたが、ポールの袋が見当たらず、右往左往した。無事見つけて朝食のラーメンを食べた。水の量が少なかった。

5時出発を目指したが、体操を済ませても10分早く出られた。三条の湯を出てすぐに沢の徒渉で雪渓を通過した。ここからは穏やかな道をゆっくり登り、水無尾根上の見晴らしの良いところで最初の休憩をとった。

ここを出てからしばらくすると、以前使われていた道が通行止めで新たな道に誘導されていた。そして6時に露岩が多い場所に出たが、白石が道を見失った。すぐに伏見が正規の道を見つけ、ここからしばらくは伏見が先頭を歩いた。露岩から30分ほど後にも雪渓通過があった。三条ダルミが近づいてきた頃に、前の休憩から1時間が経過した。そこでわずかに水だけ飲み、歩き続けた。道の周りに笹が増え始め、平坦になってきたところで三条ダルミに到着した。大きな雪の塊が残っており、登れそうなところから乗り越えた。三条ダルミからは富士山がよく見えた。

三条ダルミから雲取山までは急登が続いた。所々に雪が残っているのには難儀した。山頂には雪はなかったが、道が泥濘になっていた。原三角点のところで休憩した。南アルプスがよく見えた。

次に向かったのは奥多摩小屋である。小雲取山はどこか分からぬ内に通過し、小屋に着いた。伏見はここから徒歩5分ほどの水場に向かい、三浦は小屋のトイレを借りた。小屋を出てすぐのところにテント場とヘリポートがあるが、雲取山に来ると言っていたワンダーフォーゲル部の姿はもうなかった。

七ツ石山への登りは少々急いだ。山頂からは南アルプスがよく見えた。七ツ石山から鷹ノ巣山までは小ピークがいくつかあるが、すべて巻いた。新人歓迎なのだから良いだろうという判断だった。鷹ノ巣山の避難小屋はきれいで、トイレと徒歩5分の水場を併設しており、多くの人で賑わっていた。マウンテンバイクを持っている人もいた。水場で水を汲み、再び登り始めた。山頂はこの山行最後の景観地であった。家族連れやカップルなどが多く、ポピュラーな季節・山域であることを実感させられた。

ここから段々と1年生に疲労が見え始めたが、六ツ石山の分岐まで一気に歩いた。少々かわいそうなことをした気もしたが、六ツ石山のトラバース道の途中で止まることはできなかったのである。ただ、この頑張りが思いがけない出会いを生んだ。白石の高校山岳部の顧問が六ツ石山に来ていたのである。少し話し、元気を取り戻して出発した。

適当に休憩を取りながら、奥多摩駅を目指した。杉山が足の痛みを感じていたため、先頭のすぐ後ろを歩くように伝えた。駅に着くとジュースを買って飲んだ。石尾根踏破は、2年生ですら歩き応えのある山行であり、駅に帰ってきたときの1年生の安堵感はいかばかりだったであろうか。すぐに帰る杉山を電車に乗せ、他のメンバーは昼飯を食べて青梅線に乗った。再びホリデー快速に乗ることができ、飯田橋に帰りやすかった。

2014年4月12日土曜日

2014.04.11-12 鳳凰三山

20140411 個人山行鳳凰三山 山行記録
作成者:金山(3)
参加者:金山(3,L)、塚本(3,SL)

山行概要
411
5:02駒場東大前駅=7:46甲府駅=9:00芦安山の神ゲート~10:15夜叉神峠登山口~
11:15夜叉神峠(昼食)~13:15杖立峠~15:30苺平~15:50南御室小屋―16:40夕食―18:00就寝
412
3:30起床―4:00朝食―4:50出発~5:20砂仏岳~5:30薬師岳小屋~5:40薬師岳~6:20観音岳~7:00薬師岳小屋~7:20砂仏岳~8:00南御室小屋(昼食)~9:00下山開始~
9:30苺平~10:30杖立峠~11:15夜叉神峠~12:05夜叉神峠登山口~13:10山の神ゲート

記録詳細
411日 晴れ
路面凍結により山の神ゲート以降の車道が通行止めとなっていたため、芦安までタクシーで向かい、旧道を通って夜叉神峠を目指した。旧道の入り口は工事中で見つけづらかった。また、人の入りが少ないこともあってか道が古びておりかつ分かりづらかった。特に初めの川を渡る前に道が崩れ水道がむき出しになっている箇所は重荷を背負っている身にとっては冷汗ものであった。また傾斜が意外にきつく振り返ってみると本山行の核心部ともいえるような印象を受けた。
夜叉神峠登山口から夜叉神峠までは殆ど雪はなく、夏季の登山道と変わりはなかった。夜叉神峠を過ぎたあたりで、下山してくる薬師小屋の主人と遭遇。彼の残したトレースによって、以降のルートファインディングが大幅に楽になった。
残雪が本格的に表れてくるのは杖立峠を過ぎたあたりから。道自体は一本道なのだが、杖立峠苺平間は特に森からつぎの森に入る道が非常に見えづらく、薬師小屋の主人のトレースが無ければ相当に苦労したと思われる。
杖立峠を過ぎ1時間ほど過ぎたあたりで、2名それぞれが相次いで足をつる事態が発生。二人とも夜叉神峠から登る印象が強かった為、旧道の約500m分の高度上昇を真面目に見積もってなかったことが原因だと思われる。ここから徐々に行軍速度が低下し、見積もりでは15時頃に南御室小屋に着くと踏んでいたのだが、16時前の到着となった。
予想外の消耗に意気消沈した一行は、南御室小屋の冬季小屋の使用を満場一致で決定。20時頃まで宴会を行う予定であったが、冬季小屋に残していく荷物を仕分け、18時頃早々に就寝した。冬季小屋北側の水場は使用可能だった。
412日:晴れ
 日の出の少し手前の5時前に出発できるよう、3時半に起床。普段使う棒ラーメンよりも時間のかかるレトルトカレーを朝食としたことを考慮しての時間であったが、結局4時過ぎに朝食が終わる。出発時間まで荷物の整理等を行い時間をつぶす。
 豊富に睡眠時間をとったこともあってか、足取りは軽く予想より早く薬師岳に到着。南御室小屋以降の道は所々凍結している箇所もあったが、アイゼンを用いる必要もなく、岩場交じりの雪道を楽しんだ。稜線上の風も予想より弱く、休憩時には寒さを感じる程度で、帽子と手袋以上の必要はなかった。
 稜線上の景色は素晴らしく、白峰三山はもちろん、北アルプスの方まで見渡すことが出来た。特に白峰三山は3月上旬と言われてもうなずけるような雪量で見ごたえがあった。
 観音岳まで到着した時点で、地蔵岳まで足を伸ばすか議論が生じたが、昨日の疲れもあり、引き返すことを選択。地蔵岳は次回のお楽しみということになった。
 下山道は特筆すべき危険個所はなかったが、旧道は道が分かりづらいので、林道を所々用いながら下山した。
 下山後、芦安で温泉に入る計画であったが尽く冬季休業中であったため、甲府駅近辺で入らざるを得なかった。無念。


感想
金山
元々3月下旬に行くことを計画していたこともあり、待望の山行であったのでひとまず形になったことをうれしく思う。結局、夜叉神峠登山口まで車が入らなかったため予想外の消耗を強いられたように思う。登山口以降に関しては特に大変な印象を持っていないが、旧道は登りも下りも苦労した。予想の有無は精神的な疲労に影響してくるので、もう少し心構えをしておくべきだった。
記録にも記載したが、稜線上の景色は素晴らしく、登ってよかったと思えた。ただ、白峰三山の雪量はGW山行として北岳に行くことを考えていた身にとっては再考を迫るものであった。

塚本
 3月下旬の予定が延期になり、今回の山行は待ちに待ったものとなった。本来は御座石鉱泉から夜叉神峠まで縦走の予定だったのだが、直前に金山君がタクシー会社に再確認したところ、御座石鉱泉までタクシーで入れないことが分かり、夜叉神峠からのピストンに変更になった。電話で聞いたとき、御座石鉱泉まで問題なくタクシーで入れるといっていた鉱泉のおばさんに対しての非難の気持ちがむくむくとわきあがった。今後は御座石鉱泉には近づかないようにしようと思う。
天候・メンバーにも恵まれ非常に充実した山行になったのだが、金山君の言うとおりアプローチに難があった気がする。林道の閉鎖により旧道の使用を余儀なくされたのだが、これがのちのち効いてきた。足がつりながら3時間近く歩いたのは初めてで、途中何度もくじけそうになった。南御室での宴会への期待だけが僕の足を動かしていた。南御室の小屋に着いた時は気が抜けたようにへたり込んだ。山頂からは、富士山及び八ヶ岳、日本アルプスのほとんどが見渡すことができた。雪化粧をした山々は本当に美しく、充実感も相まって、疲れも吹き飛んだ気がした。しかし夜叉神峠からの下りでは大いに疲弊したので、疲れが吹き飛んだのは気のせいだったようだ。

初めて現役だけで行き成功した高所の雪山登山になった。技術的に問題となるような箇所はなかった。さらなる挑戦をできるようにトレーニングと山行を積み重ねていきたい。

2013年12月23日月曜日

2013.12.23-29 乗鞍冬山合宿

日程:2013年12月23日–29日
行き先:乗鞍岳
記録者:白石薫平

1. 12 月23 日

分倍河原7:20–12:30 鈴蘭13:40–14:00 休暇村14:30–VSA
曇り

塚本、津田、澤田、白石、伏見、松本の6名は駒場部室に前泊して、分倍河原でOBの伊東、内田、大谷、岸と7時に合流した。金山、土井は自宅に泊まり、6時50分に府中本町でOBと合流した。談合坂、諏訪湖のサービスエリアで休憩を取りながら、松本を目指した。松本のスーパーで、VSAでの夕食分、山行用の豚肉を買い出し、鈴蘭に向かった。鈴蘭小屋で事前にゆうパックで送っていたザック2つ分の共同装備類(テント、ザイル等)を受け取った。大谷もここで荷物を受け取った。その後、鈴蘭小屋の向かいにあるメープルで昼食をとり、休暇村に向かった。

各自準備を済ませ、三々五々出発した。伊東と塚本が先行してラッセルした。VSAに到着してからはストーブの火を起こし、エッセン係の土井、澤田、白石が水汲みに行った。宿泊の準備をしている間、一般の登山者と思われる者が来て、VSAの倉庫が無断で荷物置き場として利用されていたことが判明した。この件については、下山後に対策を取ることとなった。

その後、大谷とエッセン係が中心となって夕食を作った。メニューは大谷の差し入れのステーキ、野菜炒めであった。また、この日は12月23日。クリスマスケーキを食後に食べた。

就寝は8時頃になった。OBと一部の現役はストーブの周りで寝た。火は、津田がストーブ番として管理した。

2. 12 月24 日

VSA7:00–8:10 ゲレンデ下部8:25–9:15 ゲレンデ上部–9:30 バス道9:40–10:20 クロイ沢10:40–11:30 バス道–11:40 休憩11:55–12:25 冷泉小屋–13:45 位ヶ原山荘
曇りのち雪

エッセンは4時半、それ以外は5時起床で、鶏雑煮を朝食として食べた。準備を済ませ、7時に出発した。VSAの片付けは、本隊出発後に内田と大谷が行った。

まず、主に夏道を辿りながらゲレンデに向かった。途中からトレースがついており、それを利用した。ゲレンデの下部で一息入れてからゲレンデを登り始めた。現役がスキーでの傾斜歩行に慣れないこと、風が多少でてきたことなどが原因で、少し時間がかかった。ゲレンデからクロイ沢まではバス道を歩き、クロイ沢からは夏道を歩いた。バス道とは打って変わって、傾斜のある道とザックにぶつかるブッシュで、山スキー初心者の現役は苦労した。冷泉小屋の前を通過したあとは、夏道、バス道を交互に利用しながら、位ヶ原山荘にたどり着いた。位ヶ原山荘直前のバス道から薮に入るところで、土井のシールの留め具が壊れた。結局片足にシールがつかないまま、岸が付き添って、バス道を辿って、遅れて位ヶ原山荘にたどり着いた。なお、翌日以降、土井はガムテープによってシールを留めた。

現役は山荘から少し上にある橋の先にテントを設営した。水用の雪集めやトイレ作りを済ませ、各々のテントで夕食のカレーを食べて就寝した。テント割はゴアライトに津田、白石が入り、岸は夕食を2日間このテントでとった。ステラリッジには金山と澤田が入り、V6には塚本、土井、伏見、松本が入った。その日以降は、翌日合流したOBでガイドの田中と、ステラリッジの2名はV6で夕食をとった。

3. 12 月25 日

テント場8:45–9:37 位ヶ原9:55–10:20 休憩10:40–11:05 肩ノ小屋11:45–13:00 蚕玉岳直下コル13:20–13:50 剣ヶ峰14:10–14:45 肩ノ小屋15:10–16:00 テント場
快晴

5時起床で朝食のラーメンを食べた。7時過ぎに伊東とテント場で合流し、田中と合流する方法を協議した。その結果8時45分まで停滞し、肩ノ小屋での合流を目指して先発した。

シールをつけて金山がラッセルし、肩ノ小屋の直前の休憩地点で後ろから来た田中と合流した。田中は前日の夜中12時頃に休暇村に到着し、朝5時前から歩いてきたのだという。この時点で、岸は前日の寝不足からスピードがあまり出なかった。また、この休憩地点で各自クトーを装着し、歩行練習を行った。

肩ノ小屋で昼食をとり、アイゼンを装着。スキー板、スコップ、ストックはここにデポした。岸はここで、剣ヶ峰往復は見合わせる判断をした。

剣ヶ峰までの斜面は、これまでと違って凍結した斜面を登った。アイゼンの不調を感じる者が多かった。特に塚本は引き返して岸からアイゼンを借り、白石は下りの時にもアイゼンが上手くはまらなかった。

快晴の青空の下、剣ヶ峰からは素晴らしい眺望が得られた。御嶽山、穂高連峰、白山などが一望できた。記念撮影などを済ませ、来た道を引き返した。

肩ノ小屋からスキーを装着した。現役はスキーを始めてから日が浅く、白石がスキーを滑らせ数メートル下方に流してしまうなど、不慣れな扱いが目立った。スキーで滑る際は、順番を決めて滑った。伊東、松本、金山、伏見、土井、白石、津田、澤田、塚本、岸、田中の順であった。位ヶ原から位ヶ原山荘までの斜面で転んだり、苦労した者が多かった。

テント場に戻ってからは各テントで水作りと夕食準備を行い、夕食を食べて寝た。メニューはシチューの予定であったが、伏見が材料を部室に忘れたため、急遽豚汁に変更された。

4. 12 月26 日

旧テント場7:15–8:05 クトー装着8:30–8:37 滑降準備8:55–9:50 旧テント場10:20–新テント場探し–天幕移動–イグルー作り
雪、上部は風強し

起床は5時で、ラーメンを食べた。7時過ぎに伊東と合流し、スキー練習の日が始まった。

まず、金山のリードでテント場と山荘の間にある橋から鶴ヶ沢右岸を登った。登れば登るほど風が強くなった。急斜面のトラバースの途中で、津田が落下した。幸い、斜面に生えていたダケカンバで止まり、伊東が手伝って本隊の後ろから追うことになった。このトラバースの後、また一つ斜面をトラバースし、緩傾斜の沢地形で休憩をとってクトーをつけた。そして7分程この沢を上がった地点からスキーで下りることになった。滑走開始地点は2,550m付近であり、濃霧の中ホワイトアウト状態で滑るのは危険なため、引き返すことになった。

スキーでゆっくりと一時間ほど下り、再び山荘付近の橋に戻った。テント場で昼食をとった後、ワカンを履いてテント場探しに出発した。バス道から5分程登った針葉樹に囲まれた場所を選び、元のテント場を撤収して荷揚げした。荷揚げの最中に松本のビンディングが壊れ、滑走モードに切り替えることができなくなってしまった。

また、1年の澤田、伏見、松本が靴ズレを起こした。いずれも靴のサイズが小さいようであった。

設営の後は伊東が主導してイグルー作りとなった。皆で雪を切り出し、高さ約2メートルのイグルーが出来上がった。この日の夜から、金山がこの中で寝た。

テント割も天幕移動に合わせて変更された。ゴアライトに土井、松本、ステラリッジに塚本、伏見、V6に金山、津田、澤田、白石が入った。この日から岸は山荘に泊まることになり、岸の個人テントに田中が入った。イグルー作りの後はゴアライトとV6で水作りとシチューの調理を行った。

5. 12 月27 日

テント場7:00–テント場西側斜面で各種雪山訓練–13:30 位ヶ原山荘14:45–テント場
雪時々晴れ

5時起床でラーメンを食べた。7時頃、伊東と岸がテント場に到着し、テント場の西側斜面で各種雪山の訓練を行った。

まず、田中が中心に弱層テストの解説を行った。1年を中心に実際に雪柱を作った。この際、澤田と白石が作った柱は大きすぎ、田中に10分以内に迅速に作れるものでないといけない、と指導されていた。この時の雪では、4つから5つ程の層が見られた。特に、前日降ったかなりの雪層は顕著であった。

次に、雪崩で生き埋めになった状況を想定した訓練を行った。弱層テストで削った雪を利用して、まず初めに1年が雪に埋められた。エアーポケットを確保したにも関わらず、大声で助けを呼んだりするとすぐに苦しくなる、という感想を持つ者が多かった。2年も全員雪に埋まり、プローブで人を指す感覚も学んだ。

生き埋めの後はビーコン探しを行った。2グループに分かれて、3つのビーコンを探し当てるという形式を採った。まず初めに金山、津田、澤田、白石のグループが探した。このグループは4 人がそれぞれ別の方向に向かって歩き、発見した者が一人で掘り出すというように探していた。結局、9分ですべてのビーコンを探し当てた。他方、塚本、土井、伏見、松本のグループは塚本を中心に探し、発見したら4人が集まって掘るという形だった。このグループは14 分で3 つのビーコンを見つけた。田中の講評として、4人で掘る必要はないが、コミュニケーションを密に取りながら捜索を行うのが望ましいということだった。

テント付近で休憩してからはスタンディング・アックス・ビレイの練習だった。これは、先ほどのグループ分けから金山と土井を入れ替えて行った。3ピッチ登って下降した。まず2年が模範として実際に示して、その後1年が行った。肩がらみの方向などで混乱が見られたが、OBが回りながら指導をした。

午後はスキーで位ヶ原山荘まで下って、休養に充てられた。お汁粉をいただき、乾燥室も使わせてもらった。ビンディングが壊れていた松本は、この時に岸のスキーと松本の靴を合わせた。

テントに戻ってからは夕食のカレーを作って食べて寝た。夜は猛烈に冷え込み、強風が吹き荒れた。

6. 12 月28 日

テント場9:00–10:00 冷泉小屋12:00–12:35 位ヶ原山荘14:40–テント場
吹雪

5時起床でラーメンを食べた。6時50分頃出発準備をしていると、田中の携帯電話に岸から電話が入り、強風と雪のため2時間待機することが伝えられた。各テントで時間を潰し、9時頃に橋付近で伊東と合流した。松本は足がむくんでスキー靴に入らず、テントで待機することになった。スキーを松本に貸していた岸も位ヶ原山荘で待機した。

夏道を通って冷泉小屋まで下り、東側斜面をゲレンデにしてスキー練習をした。前夜の新雪は昨日と比べてかなり重たく、滑走に苦労した。20メートル程滑っては登るのを繰り返し、シュテムボーゲンなどの練習を行った。

12時頃に来た道を引き返し始めた。途中で白石の靴と板が外れ、さらにシールも外れて手間取った。山荘に着いてからは、登山靴を持っている塚本と土井がテント場に戻り松本を呼びに行き、他のメンバーは山荘に入って休んだ。ここでもお汁粉をいただき、暖をとった。

時間を見てテント場に戻り、夕食の豚汁を作って食べて寝た。冬山合宿最後の夜とあって、各テントとも夕食の席は盛り上がっていた。寒さは相変わらずだったが、風は昨晩よりも収まっていた。

7. 12 月29 日

テント場8:30–8:40 位ヶ原山荘–8:55 冷泉小屋9:00–9:50 休憩10:00–11:00 休憩11:20–11:45 ゲレンデ–12:30 休暇村14:10–14:20 鈴蘭14:40–14:50 カフェレストランふきのとう15:45–分倍河原
晴れ

5時起床でラーメンを食べた。8時を目標に撤収したが、スキーの不得手もあり結局目標時刻に間に合わなかった。

位ヶ原山荘からは、塚本と伏見が先行してラッセルした。冷泉小屋の辺りで後発隊が追いつき、ラッセルを適宜交代しながら進んだ。以降はバス道を下り、三本滝上部の沢を渡る付近で雪崩に注意して進んだ。その後はすぐにゲレンデに到着し、皆から歓声が生まれた。

しかし、ここからゲレンデの下りも一苦労だった。まずは斜滑降とキックターンで滑った。その後ボーゲンに切り替えながら、長いゲレンデを休暇村駐車場まで下った。その後、各車ごとに荷物を整理し、休暇村の温泉に入った。風呂から上がった後は一旦鈴蘭に寄ったが、メープルが開いていなかったため、少し下ったところにある、ふきのとうという名のレストランに入った。そこでの食事を済ませて東京、大阪の各方面に帰った。年末だったため東京方面は渋滞に巻き込まれなかったが、大阪方面は渋滞につかまった。

2013年12月6日金曜日

2013.12.06-12.09 鹿沢スキー練習合宿

2013鹿沢スキー練習合宿 記録(12/6~12/9              文責:澤田健太郎

126日(金)

参加者 現役:塚本、澤田
              OB 伊東、木邨

127日(土)
参加者 現役:塚本、金山、土井、澤田、白石、伏見、松本
              OB 内田、伊東、木邨、益崎、岸、椿谷、山本(夜から)、串橋

128日(日)
参加者 現役:塚本、金山、津田、土井、澤田、白石、伏見、松本
              OB:内田、伊東、木邨、益崎、岸、椿谷、山本(昼まで)、串橋、小田

129日(月)
参加者 現役:金山、土井、澤田
              OB 内田、伊東、益崎、串橋

126日 曇り
 午前7時に分倍河原にて合流。伊東車で鹿沢に向かう。平日ということもあり、道路の流れは順調で、10時すぎに鹿々山荘に到着する。到着後、電気、ガス、石油ストーブ、水道と山荘の設備を点検していく。水道以外は問題なかったが、水道だけは手引書の手順をこなしても水が出ず、仕方なしに藪を漕ぎ、近くの沢から水を汲んでくる。しばらくすると何故かタンクに水が溜まっていたのでポンプの電源を入れる、がまだ水道から水がでない。ポンプに呼び水を入れしばらく放置していると、水道から水が出始める。ようやく山荘の使用準備が整い、軽く昼食を食べた後ゲレンデに向かう。
 13:30ころゲレンデに到着し、スキーを履き、木邨講師に歩行の仕方や斜面の登り方、キックターンなど基礎的なことを教わる。ここで最重要なことは、斜面の最大傾斜角を常に意識しそこにエッジを立てるということだと教わる。また、ゲレンデの場合は自分が動き出す前に常に上方を確認して他のスキーヤーの動きにも留意しなくてはいけないとのことだ。ゲレンデ最下部の緩斜面にて滑る、曲がる、止まるの基本的な動作を練習し、15:30にはゲレンデを後にし、山荘に戻る。
 電気炊飯器完備の快適な山荘にて、モツ鍋を作り、21:00すぎに就寝。

127 晴れ
 午前6時に起床。昨晩の鍋の残りを雑炊にするが、水分が少なく幾分粘ついた米になる。7時には食事の片付けも終わり、その後お茶を飲みゆっくりしてからゲレンデに向かう。8:30にならないくらいにはゲレンデに着いていたが、車が多く、停める場所に難儀する。どうやら埼玉県の指導者講習会とバッティングした模様。
 ゲレンデにつくと、まずスキーにシールを装着し、歩いて斜面を登っていく。この時の注意としては、まず普通シールを装着するような環境は風が強いので、シールの袋やビニールを飛ばされないようにザックに入れること。シールの袋を入れたザックを下に置いてきてしまったので、結局歩いてザックのところまで戻る。その後リフトで上まで上がり、斜滑降の練習などしながら下る。
 昼前に椿谷車が到着した。リフト一日券を買ったようで、椿谷、金山、白石は別グループで練習した。
 その後、内田車、岸車、串橋車も到着し、そちらの組とは合流して、初日到着組と合同で練習した。ゲレンデ下部の緩斜面にて、もう一度、歩き方や滑る、曲がる、止まるなどの基本動作から練習した。また、曲がるときにストックを利用して体重移動を行う動作も練習した。この時は曲がる方向の手にあるストックを、スキー板の先端を意識して前の方に。ストックは付くとき以外は小指で持ち上げるイメージで体の後ろに、ストックを持つ手は体の前に出し荷物を抱えているようなイメージで、体は後傾しない、とのこと。
 15:30にはゲレンデを後にし、山荘に戻る。この日は一番人数が多い日ということで、盛大に宴会を行う。途中山本OBも到着し、追加の物資が投入される。途中で紅葉館宿泊組の内田、伊東、木邨、益崎各OBは山荘を後にするが、その後も宴会は続いた。

128日 晴れ
 昨日と同様6時に起床。鍋の残りにラーメンを投入し、朝食とする。
 ゲレンデに移動し、各々リフト一日券を購入。指導を受けながら滑る。体重の移動やエッジの使い方などを教わる。10時頃に小田車が到着し、合流。津田が合流後、スキーにシールを着け、登る練習をする。昨日と同じく、シールの袋などを飛ばさないようにとの注意を受ける。シールで登り、クライミングサポートの調節なども行ってみる。しばらく歩いた後、クトーも装着した。クトーを着けた場合は、クライミングサポートを高くするとクトーが効かなくなるので、サポートを二段目にはしない、とのこと。クトーを着け登る練習をしたあと、シールとクトーを外し、斜面を滑り降りる。
 15:30にはゲレンデを後にし、帰京する組と山荘に戻る組に別れる。山荘の夕食は豚汁だった。

129日 晴れ
 昨日の豚汁にラーメンを入れた朝食を作った後、ゲレンデに移動。
もう一度斜滑降の練習をする。斜滑降の姿勢で大切なことは、体の向きは谷側を向き、スキー板の方向には向けないこと、とのこと。止まるときも特に体の向きを意識することが大事だという。斜滑降・キックターンを練習しながら斜面を下る。ゲレンデではいい加減に滑っても滑れてしまうが、山ではこうは行かないので、基本動作を忠実に覚えることが重要だ。しばらく練習をすると皆斜滑降の姿勢がそれなりになってきた。
 山荘の片付けがあるので14時ころにはゲレンデを去り、山荘に戻る。手引書にしたがい、掃除機がけをし、雨戸を閉め、水を抜き、と一連の作業を行う。そして紅葉館で入浴し、帰路についた。