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2026年6月30日火曜日

20260628-29_無双連山

   20260628-29_無双連山

メンバー:鈴木(3・記録)

1日目:雨
12:30 地名駅
17:50 無双連山
〜林道にて夕飯休憩〜
23:10 智者山
24:00 天狗石山 同地にてツエルト泊

2日目:曇り
4:30 幕営地発
6:10 七ツ峰
10:00 井川駅

懸案の課題が一段落ついたということで、久しぶりに山行に行ってきました。
山域は、大井川鐵道井川線が7/1から観光列車となるということで深南部に決めました。
当初は関の沢の沢登りを計画していたのですが、人が集まらず、単独行となったので、縦走に計画を変更し、直前の台風等で崩落地の通過が心配だったので、大無間山周辺の縦走ではなく、無双連山の縦走としました。

1日目
部屋の掃除をしていたところ、抱えていた課題が終わらなかったので、パソコンとタブレットを持って電車に乗車。課題を終えた後、井川線の運行状況を調べると、特に問題なさそう。しかし、始発を逃して自宅を出た結果、28日中に井川駅にたどり着くことが不可能となってしまったので、計画の逆ルート、地名(「じな」だそうです。) 駅から井川駅の縦走に変更しました。

トーマス!
(作品は見たことないです。すみません。)

小雨が降っていたものの、上の雨具は着ずに出発。権現山まで尾根に乗ってから山頂まではバリエーションルートだが、難しくはない。権現山の山頂には不気味なお面が木にかかっており、直視できない。その後は、アップダウン作業道?林道?の整備された道を進んでいく。
事前に軽く調べた情報では、p856.7ー栗原峠間が藪とのことだったが、全く出てこず(正確には5mくらいあった)に通過。
こ、怖すぎる…

今回は家に空のペットボトルがなく、わざわざ水を買うのもなぁと思ったので、1,5カルピス、1.5アクエリアス、1.0水を持っていったが、明らかに水が足りない。どこかで汲めないものかと地図を見ていたが、栗原峠で白濁こそしていたもののの、水が汲めたので良かった。

ギリギリセーフ???

無双連山は、過去一帯が城址・城郭だったようで、様々な看板が設置されている。高山に19時前に到着し、電波が入ったので念のため河本さんに生存報告を行う。単独行がここまで心細いものとは。アルプスのメジャーな縦走路と異なって登山者の少ない深南部では寂寥感がより一層際立つ。

「ムソウ」ではありません。
部員は全員間違えていたようです。

高山を下る途中の林道で小さなベンチがあったので、明るいうちに夕食を済ませる。メニューはわかめご飯。栗原峠で汲んだ水を気持ち程度に煮沸しつつ、利用する。この間に雨足が強くなり、さすがに雨具を羽織ったが、ほどなく止んだ。その後、林道であればヘッデン行動も容易なので、とりあえず智者山神社まで進むことにする。途中、富士城という小集落を通ったが、ここから智者山神社までの林道では昨日までの雨の影響もあってか、白濁していない水を汲むことができた。
智者山神社に到着後、どうするか悩む。智者山山頂までの300m超の登りを先に済ませておきたい一方で、暗い中山を歩くのは少々不安が募る。結果、ヘッデン行動の練習も兼ねてとりあえず天狗石山まで進むことにした。

ううむ、、進みましょう。

登山道ではあるものの、作業道としても至るところに踏み跡が付けられており、中々順調に進まない。天狗石山山頂への直前の登りも、天狗石を経由して山頂へという看板があったため、そちらを登ろうとしたものの、天狗石が見当たらず山頂に着いてしまった。天狗石山からは下りなので、視界が良いときに下ったほうが早いだろうと思い、天狗石山でのビバークを決定。正直、地名駅からここまでヒルがいたので、林道でビバークしたかったのだが、天狗石山では見当たらなかったので、一応虫除けスプレーを入念にかけた上でツエルトにくるまり就寝した(結局、智者山山頂から井川駅までは見かけませんでした)。

2日目
寒くなったので予定より1時間早く起き、ゆっくり朝食の準備をする。朝食は尾西の五目ごはん。単独行なので食事を充実させても良かったのだが、テント泊の予定でなかったので、質素なメニューとなってしまった。今回はその上、メインの行動食となるはずだったフルグラを自宅に置いてきてしまい、アルフォート8枚とグミ3袋という全く心許ないもので2日間を凌ぐことになってしまった。もっと食事を楽しみたかった。。。
朝食をとって出発後は、昨日の目論見どおりサクサク進み、最後の大きな登りである七ッ峰も通過して三ッ峰へ。途中、深南部らしい草原地帯を通過したのだが、鹿を7、8頭見かけた。お邪魔してごめんなさいと思いながら歩いていたが、ふと鹿が去っていったほうに目をやると、人工物らしきものが見える。おそるおそる近づくと、廃バスでした!!こういった人工物は過去の記録などで把握していることが多いのだが、今回は全く情報を知らないで偶然発見できたので、一層興奮して寂寥も晴れた。

にらめっこしましょ。

ロ、ロマン!!
(といって良いものなのか)

富士見峠から井川駅へはショートカットも駆使して下山。電車の時間まで余裕があったので廃線小道の探索なども考えたが、靴が濡れている上に足が限界に近かったので、おとなしく井川駅で時間を潰した。井川駅からは念願の大井川鐵道井川線に乗車。アプト式の連結シーンの見学を!と思っていたが、睡眠時間3時間の弊害か、ボーっとしていたら千頭駅に着いてしまった。。。その後もウトウトしていたらあっという間に金谷駅に。金谷駅からはJRだが、時間的に帰宅ラッシュと重なりそうだったので、お腹を満たそうと沼津駅で途中下車し、ゆず庵沼津店に向かう。しゃぶしゃぶは小学生以来人生2回目とかの記憶で、食べ方が合っているか分からなかったが、とにかく提供が早い上に接客も素晴らしく、また来たいと思える店だった。
お腹いっぱいになったあとは家に帰るだけ、と思っていましたが、目覚めた場所は乗換えの松田駅、ではなく終点御殿場駅行きの終電の中でした。。(寝過ごしました)。やむなく御殿場駅で1泊し、翌日の始発で帰宅した。

井川駅
中に駅舎ノートやスタンプがあったので利用しておけば良かったが、気付いたのが乗車直前だったの断念。

雑記
熊が一番怖かったのですが、熊の痕跡は見られませんでした。
地名駅以降、井川駅までにすれ違ったの人は、智者山神社に向かう林道の下の道を通った車1台、三ッ峰に向かう途中の林道を通った車1台だけでしたが、道にはゲソコンっぽいのがありました。
加藤文太郎のやっていたことがいかに凄まじいか、その一端を思い知らされました。メジャーなアルプスの山ではなく、ほかの登山者と出会わなかったということもありますが、パーティ行動とは異なる辛さがありました。


2025年7月6日日曜日

20250704-06_リンチョウ沢

 20250704-06_リンチョウ沢

メンバー:尾高(OB・L)沼田(4)、落合(2)、鈴木(2・記録)

1日目:晴れ一時小雨
7:40 駐車場所
8:20 池口岳登山口
12:40 池口岳北峰
13:15 池口岳南峰
16:00 千頭山
17:50 柴沢小屋

2日目:晴れ
3:00 起床
7:00 ダルマ沢出合
8:00 第1ゴルジュ
10:00 ヒスイの滝(ヒカゲ沢大滝)
11:00 第2ゴルジュ
(15:30出稜線)
16:10 光岳
17:00 幕営地

3日目:晴れ
3:30 起床
5:40 加加森山
6:50 池口岳-加加森山JCT
10:00 池口岳登山口
10:30 駐車場所

本州で唯一の原生自然環境保全地域に指定されている大井川源流部。その奥に秘められたリンチョウ沢の存在を、私は部室の書棚にあった日本登山体系(1982)の一頁で初めて知った。「瀬と苔と岩が調和した美しい沢」という文言に惹かれ、部会で仲間を募ったところ、以前からその存在を知っていた先輩・同期の3人が手を挙げてくれた。こうして計画は動き出したのだが、社会人より圧倒的に自由時間がある大学生にとっても、時間は常に課題となる。各自の授業や試験に追われ、確保できた日程はわずか3日間。調べた限りの記録は、柴沢小屋からの遡行記録だとどれも3泊4日以上。実施は困難かと思われたが、ダルマ沢を下降する場合や左岸林道、易老渡から入山する場合など複数の行動パターンを検討し、最終的には2泊3日の行程を立てた。また、原生自然環境保全地域内に立ち入る以上、あらかじめ各種法令を調べつつ、活動による自然への影響を最大限考慮した計画の作成に努めた。

1日目
高まる期待を胸に池口岳登山口へ車で向かうが、山行に試練はつきものである。まず、ガソリンの補給を怠ったことで、午前7時のガソリンスタンド開店を待たざるを得なくなった。本来は午前4時入山の予定。既に3時間の遅れである。そして、さらに追い打ちをかけるように、補給を終えて登山口へ向かっている途中で対向車に呼び止められた。聞けば先の道で土砂崩れが起き、普通車では通行困難だという。崩壊箇所の手前に駐車スペースがあるとの助言に従い、そこから歩くことになった。ちなみに土砂崩れは、確かに普通車が通行するのは難しかったかもしれないが、思っていたより小規模なものだった。結局、予定より4時間遅れての入山となった。


土砂崩れ。これでも被害はあります。

池口岳南峰までの登山道は明瞭で、歩みは順調。しかし、南峰から千頭山方面へ向かう2212ピークでは、下りる尾根を1本間違えたり、どこまで下りるかの判断が難しかったりして手こずってしまった。目印にアルミ鍋があるとのことだったが、巻き始めるのが早すぎたのか、見つけられなかった。それでも日没前に柴沢小屋に到着。小屋への吊り橋は今にも崩れそうで、きっと吊り橋効果はてきめんだろう。吊り橋を無事に渡り切って安心したのも束の間、落合がヒルに噛まれている。ヒル対策グッズを持ってきていないというので鈴木の虫除けスプレーで撃退したが、ヒルに怯えながら就寝することになった。


入山が遅れても倒木シーソーは見逃しません。

千頭山、果たして再び来る機会があるのか。

2日目
この日からいよいよ原生自然環境保全地域に入ることになる。1日で遡行する必要があるが、懸念はゴルジュと源頭部である。緊張を抱えつつ、夜明け前に出発した。我々以外に人の気配はなく、澄んだ空気に豊かに流れる沢。思わず「これがリンチョウ沢か!」と叫びたくなるほどの衝動が込み上げてくる。手つかずの自然が広がるこの場所は、まさに秘境といえるだろう。


ドキドキワクワク

リンチョウ滝手前の滝は、左岸からフリーで登れるのだが、鈴木が滝を登って左側のスラブ状の岩にへ移る際、落口近くの石に足を置いたところ、水流に足をすくわれドボン。下にいた沼田さんと尾高さんに笑われてしまった。しかし、明日は我が身、明日を待つことなく続いて登った沼田さんも同様にドボンしていた。その後のリンチョウ滝も左岸からフリーで突破し、ダルマ沢出合まで良いペースで進む。第1ゴルジュ入口には一本の倒木がかかっており、それも利用しつつ右壁から登った。続く5m滝は、様々なアプローチを検討するも、過去の記録にあったとおり、沼田さんが左壁にアブミを設置して登る。安全地帯に移る最後のところが微妙で、勇気を振り絞って飛び移った(その後、沼田さんがエイドを設置し、後続はこれを利用。)。5m滝を登ってすぐ先の6m滝は、尾高さんが左岸から突破。滝の上は先ほど水流に足をすくわれたところに似ていたが、なるべくそのまま右壁をへつり、ことなきを得る。そんなこんなで最初の入口から2時間弱かかってしまったが、第1ゴルジュを巻かずに突破できた達成感は大きかった。


リンチョウ滝

ダルマ沢出合


第1ゴルジュ入口


沼田さんがアブミを設置して突破!!とカッコよかったのですが、
ここで携帯電話を落としたようです… 発見された方はご連絡を。


次は尾高さんが左岸から

第1ゴルジュを抜けるとしばらく静かな沢歩きが続く。時折鹿の鳴き声が響き、我々に「早く出ていけ」といっているようにも感じられる。歓迎されていると思うのは傲慢だろうか。あれこれ考えながらもしばらく歩き、第2ゴルジュ手前の分岐を右進してヒスイの滝(ヒカゲ沢大滝)へ。ヒスイの滝という名称自体は、日本登山体系に記述がなく、100m級の滝としか書かれていない。インターネット上の記録を渉猟しているうちに知ったのだが、何でも幻の滝ともいわれる名瀑のようだ。前衛滝左岸の草付き部を登り、いざ、お目にかかると、1条から3条に分かれる水流が地を打つ姿が圧巻で、しばらく見惚れるばかりであった。


迫力満点

荷物をデポした分岐に戻り、進んだ懸案の第2ゴルジュは、記録では右岸を巻くことになっていた。しかし、第1ゴルジュを登り、時間的にもまだ余裕があったので一度挑戦してみることになった。最初の滝は難なく通過できたが、次の5m滝が難しく、右岸の斜面は土が脆くて落ちたり、左岸の岩場も苦戦したため、結局最初に通過した滝をクライムダウンし、記録どおり右岸から巻くことになった。巻道は時間もかからず、すぐに沢に復帰できた。


第2ゴルジュ

第2ゴルジュを終えてからは徐々に水量も減っていき、やがてガレ場となる。第三の廊下は、日本登山体系にも記述があったが、あまり記憶には残っていないので、問題なく通過できるだろう。適当なところで水を確保し、いよいよ源頭部へ。計画では、2100m付近の分岐を右に進み、岩崖脇から2500m付近の稜線へ出る予定だったが、少し登ってみると急な登りでやや危ないように思えたため、そのまま直進して2350m付近の稜線に出ることになった。順調だったのは最初のみで、樹林帯に入ってからは、ロープを出すほどではないが落ちたら終わりのヒヤヒヤする箇所が続いたが、無事に登山道に復帰することができた。復帰したところから光岳山頂をピストン。しっかり光石にも寄っていった。まだ日没まで時間があったため、計画どおり加加森山周辺で幕営するつもりだったが、既に疲労で足も重かったため、少し進んだところで幕営することになった(手元で調べ得る限りでは、南アルプス国立公園の区域外である。)。


変なところに出たときの絶望感。でも景色は良かった。


光岳山頂

3日目
疲れも取れ、あっという間に加加森山への分岐に到着した。せっかくなので山頂へ寄って下山する。JCTからは1日目と同じ道。行きでは誰一人出会わなかったが、この日は5人の登山者とすれ違う。他の登山者と出会ったことで、一気に人間社会に引き戻されるような、何というか複雑な安心感を感じた。2日前の土砂崩れは既に復旧作業が済んでおり、往路で目を付けていた崖から流れおちる水で喉を潤し、駐車場所に戻った。その後、鈴木の初ヒル被害が発覚するといった災難もあったが、温泉はほっ湯アップル、ご飯は三河家というところに寄った。そして、免許取り立ての落合による運転という最後の核心試練?を無事に乗り越え、帰京した。


光岳山頂にあった看板。
池口岳北峰にあったものは環境省設置でした。

2024年11月23日土曜日

20241123-26_南アルプス深南部千頭森林鉄道跡-合地山

20241123-26_南アルプス深南部 千頭森林鉄道跡-合地山 

記録:河本(1、2日目) 、落合(3、4日目)
天気:晴れ (1-3日目)、曇り(4日目)
メンバー:沼田(3、L)、河本(2)、落合(1、食糧) 

予定
一日目:寸又峡温泉-(寸又川右岸林道)-千頭堰堤-(日向林道)-寸又橋-(千頭森林鉄道跡)-大根沢出会
二日目:大根沢出会-(千頭森林鉄道跡)-釜ノ島小屋-(寸又川左岸林道)-柴沢小屋
三日目:柴沢小屋-合地山-諸沢山
四日目:諸沢山-日向林道合流点-千頭堰堤-(右岸林道)-寸又峡温泉 

行動結果
day 1: 0520 寸又峡温泉- 0730 千頭ダム-(寸又川右岸林道)-千頭堰堤-(日向林道)-0920 寸又橋-(千頭森林鉄道跡)-1630 小根沢停留所
day 2: 0600 小根沢停留所-(千頭森林鉄道跡)-1700 釜ノ島小屋
day 3: 0610 釜ノ島小屋-0900 柴沢-1255 合地山-1600 1541ピーク
day 4: 0600 1541ピーク-0700 諸沢山-0920 日向林道合流点-1120 千頭堰堤-(右岸林道)-1200 寸又峡温泉


この山行はは去年同時期に行われた山行のリベンジとして計画されたものであり、廃道ライターのヨッキれんさんがホームページ「山さ行かねが」に上げている山行記録を参考に、この地の林業資源を運び出すために建設された千頭森林鉄道の軌道跡の最深部を訪ねる計画だ。事前調査が足りなかった前回の反省を生かして事前調査をより詳細に行った。ほぼ唯一と言って良い山行記録であるヨッキれんさんの記事を読み込み、軌道跡や左岸林道、日向林道が載っている旧版地図を国土地理院の九段下の事務所に赴いて取得し、さらに予備日を含めて5日の日程を空けて置いた。また崩落地通過のためにロープやアックス、渡渉用のサンダルも用意した。こうした工夫が功を奏したのか軌道跡を最後まで歩き通すことができ、トラス橋やトンネルといった様々な林業遺構を見ることができて嬉しい。


11/23
記録:河本
天気:晴れ
大間集落(寸又峡温泉)に到着してすぐに準備を済ませてヘッドライトをつけて出発し、ここもかつては軌道跡であった舗装された右岸林道を2時間半ほど歩くと千頭堰堤に着く。千頭堰堤の上を左岸に渡ってすぐのところにある登山道を30分ほど上がり日向林道へ出て、しばらく日向林道沿いに寸又川によって削られた急峻な谷の斜面を横切るように川の上流方向へ進む。日向林道は去年と相変わらずで歩きやすいところも多いが、上から土砂が流れてきたであろう崩落地が多数存在し、土砂が林道の寸又川側の端まで到達しているところでは、林道端は川に向かって切れ落ちているため滑落すると数百m下の河原まで放り出されると思われ、ミスが許されない。崩落地のトラバースは今回の山行で最もよく出てくる危険箇所だが、土砂や石の斜面は安息角を越える斜面にはならないので、角度も高々45度であり足元が崩れて多少滑っても足を突っ張れば止まることも多いが、崩落地のすぐ下が切れ落ちているところはそうは行かず滑落したら即お星様になってしまうので怖い。この林道も崩れていないところでは車がすれ違えるほどの道幅があり、急峻な山の中で旧千頭林営署が相当予算をかけて作ったと思われるが、見るも無残な状態になっているのを見ると自然の復元力の凄まじさを感じる。前回使った左岸林道へつながるであろう登山道の梯子を見送り、寸又橋を少し超えたところにある吊橋へつながる細い踏み跡の分岐で吊橋方面に進み板が腐りかけている吊橋を渡ると目的の千頭森林鉄道の軌道跡に出る。軌道跡は単線の線路が敷けるくらいの道幅で作られたと思われ、寸又川が削ったV字谷の斜面を横切るように走っている。崩れていないところは歩きやすいが、半分以上の道のりは崩れており崩落斜面のトラバースや崩落によりできた岩場の登攀などが混じる。道中には石垣やトラス橋、トンネルや林業や鉄道駅などとして使われたであろう木造の廃屋などの林業遺構がたくさんあり薄暗く険しい道程ではあるが楽しい。コンクリートの平均台を渡るところやトラス橋などといったいくつかのポイントを越えると大樽沢停車場に着く。2階建ての木造小屋でギリギリ泊まれそうである。その先の橋が落ちてレールだけが残るポイントではロープを出して右壁を高巻きし、前回未踏のエリアへ入る。一箇所ヨッキれんさんの記録にはないであろう新しい崩落地があったが懸垂下降を使って通過した。蔓性の木本が密に絡みついた高い鉄橋を渡るところは足を引っ掛けて転ばないか非常に怖かった。その後橋が落ちているであろう箇所で懸垂下降と残置ロープを使っての登り返しをし、小根沢停車場に着くと日没間近だったのでここで泊まることにした。使えれば廃屋に泊るつもりで来たのだが崩壊がひどいため近くにテントを張った。
右高巻き


蔓が巻き付いた橋

小根沢停車場




11/24
記録:河本
天気:晴れ
小根沢停車場を少し探索してから前進を開始した。小根沢から上流のすぐに崩落地があり斜面が急で締まっており危険と判断したのと、その先も通行困難な箇所が予想されたため一度懸垂下降で河原に降りて軌道跡へ復帰できるところまで河原を歩いた。このとき渡渉の必要があったためサンダルに履き替えて、ズボンを脱いで渡渉した。深さは膝上くらいだったが、水は非常に冷たくもうこれ以上渡渉はしたくないと思えた。河原から見た崩れかけの軌道跡は壮観である。聳え立つ崖の斜面を切り崩し、険しく無常感が漂う千頭の山という魔界の中で一定の秩序を築き保守しようとした人類の努力と、それを尽く無に帰してしまう自然の動的平衡を保つ作用のせめぎ合いを生々しく感じられる。もちろん自然の大勝利であり、崩落し放題の暗い谷底には悲壮感が漂う。崩落地を越えるとガレた斜面を伝って軌道跡に復帰する。その後大根沢合流点までは支流の沢にかかる小さい橋が落ちている箇所が続き多少苦戦したが、大根沢から栃沢までは旧地図に軌道跡沿いに登山道が書かれてあり、鹿の踏み跡があり歩きやすい。栃沢から先は牛馬道の区間であり、レールが敷かれていたかどうかはわからないが、短いレールが落ちている箇所が散見された。はじめは歩きやすい区間が続き、人里離れた山奥にいきなり檜の植林地が現れたり、車両の行き違いのための複線区間のような箇所が見られた。しばらく進むと崩落地や木造橋が落ちた所を越える必要のある箇所が釜ノ島小屋まで頻繁に続く区間に入り、かなりペースが落ち、疲れも出てくる。このあたりからは斜面すぐ上方に林鉄廃線後に山奥へのアクセス手段の代替として建設された寸又川左岸林道が走っており、建設時に生じた土砂が軌道跡に落ちてきていて、崩落地が非常に多い。そんな中日没時刻が近づき、幕営適地を探しながら進むも寸又川はゴルジュになっており、軌道跡は崩落し放題の急斜面にあり、軌道跡を探すのも難しくどうしようかと焦りながら進んでいるうちになんとかGPSによると釜ノ島小屋のすぐ近くであろう所まで着くが、どうやっても通過できそうにない崩落地に出くわし、右側の岩を見るとなんとトンネルのような穴がある。入ってみると途中で閉塞しているがこれは記録にはなかったものである。見つけられて嬉しい。トンネルから出ると急いで道を戻り、崖をよじ登って左岸林道へ出て、真っ暗になるギリギリに無事釜ノ島小屋へ到着する。近くの沢で水を汲み、ここでもテントで宿泊した。釜ノ島で廃線跡らしい区間は終わりである。
渡渉

大根沢橋梁


トンネル


トンネルの内部


未記載のトンネル





11/25
記録:落合 
天気:晴れ 
前日に釜の島に着いた時にはもう暗くなっていたのでこの日の朝に釜の島の廃屋を見にいく。いくつかある建物のうちいくつかは壁や天井が無くなっていたが、そうでないものは扉が開いていて中には動物のフンがたくさんあった。部屋は畳だが、何にせよ動物のフンだらけなので使いたくはならない。


千頭林鉄跡は釜の島から数百メートル手前でトンネルが崩落していて、そのトンネルの出口も見つからなかった(出口も左岸林道工事の影響で埋もれている可能性がある)が、釜の島で千頭林鉄と左岸林道が合流するので釜の島から柴沢までは左岸林道跡を辿る。釜の島からしばらくは左に見下ろす寸又川がゴルジュになっており凄まじい。直ぐに人が通れる代物ではない大崩落地が現れるので高巻いて懸垂下降で復帰する。高巻くと反対側の林道に降りるために設置されたと思われる黄色ロープが垂れ下がっていたが念の為それより奥から懸垂下降した。
高巻きしたところ
ここからは時々鹿の踏み跡付き崩落地の簡単なトラバースがあるが、基本的には前日までとうってかわり広い道幅いっぱいに苔で覆われた左岸林道跡を爽快に歩く。河本さんが言う「左岸林道は人間が滅んだ10年後の世界のようだ」は非常に的を得ている気がする。
左岸林道のトラバースは落ちても水ポチャするだけなので怖くない
左岸林道の苔

柴沢小屋手前で光岳に繋がる吊り橋が現れる。この橋はズタズタボロボロで、主塔手前の床木を踏んだら...抜けた。こんな吊り橋は渡ってみたくなるもので、河本さんが先陣をきって絶対に落ちなさそうなワイヤーにセルフをかけながら渡った。続いて落合も渡り、「ビビリ散らかしてるじゃないですか」と言ったら河本さんも床が抜けないか心配だったという。光岳への登山道も使う人がいないので好き勝手に荒れていた。ここから光岳に行くのは面白そうなのでいつか行きたい。
写真だとボロさが伝わらないですね

少し進んで柴沢小屋に着く。ここのトイレも誰も使わないので見た目と臭いのギャップが世界一だ。無臭のボットントイレに臭いをつける度胸はないので外でしたくなりますよね。小屋も中は綺麗で、3人くらいは寝られそう。
柴沢小屋外


柴沢小屋の少し先には千頭山に続く吊橋があり、こちらもなかなかだった。
柴沢でフル充水してからは汗をぶちまきながら小屋の目の前の斜面を登って尾根に出る。尾根に出てちょっと行った所で沼田さんがカモシカを見つけたが逃げてしまい私は見られなかった。合地山に続く尾根は登るにつれて倒木が増えてくる。山頂付近だけ薄ら雪があった。その後、途中から落合が先頭だったが彼の読図がポンコツで進むのに時間がかかり目的地の諸沢山遥か手前の適地にテントを張ることになってしまった。誠に申し訳ないのでそろそろ本気出します。

11/26
記録:落合 
天気:曇り
夜中に雨が降っていて、雨で濡れた日向林道のトラバースを考えると怖くてよく眠れなかったが朝には止んでいたのでよかった。尾根が細くなっている場所もあったが、暗いうちから行動する。諸沢山に登ってからはしばらく読図の練習をしながら降りて日向林道に出る。林道に出る直前が急勾配になっていた。
もうすぐ日向林道
日向林道の崩落地トラバースは千頭林鉄や左岸林道のそれと違って落ちたらバイバイなので行き同様ずっと気が抜けなかったが、行きよりも怖さを感じなくなっていた。千頭ダムまで降りてきてようやく人の気配を感じる。この山域の登山者は珍しいようで千頭ダムでは作業員の方に話しかけられたりした。
ここでお気づきいただけただろうか。行きで2時間半かかった寸又峡-千頭ダム間の林道が帰りは30分で済んだ。というのも千頭ダムから5分ほど歩いたところでダムで話した超優しい静岡の天使に車で寸又峡温泉の駐車場まで送ってもらったからだ。臭い我々を車に乗せてくださり大変恐縮です。
我々を寸又峡温泉まで乗せてくださったおじさんですら輝かしき頃の千頭林鉄を知らないとのことだったので、その忘れ去られようとしている有様を思うと情に訴えかけてくるものがあった。
そして2010年のヨッキれんさんの調査がなければもっと時間がかかっていたし、なにより今回の山行は実現されなかった。ヨッキれんさんにも感謝しかないです。
記録を書いているといつも思うのだが、必要最小限の情報をサクッと記した簡潔なものが良いのか、ちまちまと冗長な記録が良いのかどちらなのだろうか。読む分には前者がありがたいのだが書いているとつい長くなってしまう。こんなに長い記録にお付き合いくださりありがとうございます。

2023年11月23日木曜日

20231123 千頭森林鉄道跡-合地山(敗退)

20231123 千頭森林鉄道跡-合地山(敗退)

記録:河本 
天気:晴れ 
メンバー:L降矢、沼田、河本 

 予定:寸又峡温泉-千頭森林鉄道跡-柴沢小屋-合地山-諸沢山-寸又峡温泉(4日間) 
 行動結果:一日目 8:00寸又峡温泉発-20:00幕営地
      二日目 9:30幕営地発-15:30幕営地(撤退決定)
      三日目 6:30幕営地発-14:30寸又峡温泉

 今回は廃道ライターのヨッキれんさんがホームページ「山さ行かねが」に上げている山行記録を参考に、この地の林業資源を運び出すために建設された千頭森林鉄道の軌道跡の最深部を訪ねる山行を計画した。本山行の目的は「千頭森林鉄道跡最深部を歩き通し,南アルプス深南部の林業遺構を見学する」ことである。事前調査が甘かったためかルートを間違い、時間がかかりすぎて軌道跡の終点である柴沢小屋まで行けずに撤退することになってしまった。
 まずはじめに、寸又峡温泉から千頭ダムまで約3時間ほど舗装のされた林道を歩き、そこから未舗装の道へ入り、日向林道に合流する。日向林道はからり崩落がひどく、崩落地は粗い土砂や石からなる急斜面となっていて踏みしめる度に崩れるので通過するのが怖かった。

日向林道をある程度進むと右側に梯子が見えるのでそこを登り踏み跡を進むと鞍部に出る。ここで鞍部を越えて反対側の河原に降りればよかったものの、下調べが足らず軌道跡はもう少し先にあるだろうと考えて斜面を寸又川の上流に向かって水平方向に斜面を横切るように進みながら軌道跡を探して進むことにした。斜面は急で滑りやすい土の斜面も多く、また複雑な地形だったため本来進むべき川の上流方向には歩いてもあまり進んでいないようだった。そうこうしているにうちに暗くなってきて急斜面に夜中取り残されるのはまずいと判断し一旦河原に降りてそこで幕営することにした。だが降りるのが間に合わず、斜面の途中で日が完全に暮れてしまう。昼間でもかなり慎重に歩かなければ転落してしまいそうで、落ちたらただでは済まなさそうな急斜面に真っ暗な中取り残されてしまったため、ここからはそのまま降りるのはまずいと考え、ロープを出して懸垂下降で降りることにした。真っ暗な中での懸垂はとても怖く、河原に降りられたときには20時になっていた。この時点で私はかなり疲弊しており、懸垂中は生きた心地がしなかったためとりあえず無事に安全地帯である河原に降りられてよかったと安堵したのを覚えている。懸垂で降りた地点付近には目的の軌道跡があり、鞍部からそのまま降りるべきだったと気づいた。そうしていれば鞍部から幕営地まで7時間かかった所を20分もかからず行けたのではないか。この夜はたき火をした。
 二日目は全員寝不足で疲れて9時に出発した。川の約15m程上の斜面上に軌道跡が併走しているので一日目よりかは歩きやすい。軌道跡はレポートにもあるとおりかなり荒れており、歩くのに注意を要するところが多かったのだが所々に切り通しや石垣、袋に入ったコンクリートや廃駅の建物や土砂で埋まりかけのトンネルなど多くの林業遺産をみることができて興奮した。私がこの山行で一番の目的にしていたレールが残ったトラス橋もみることができ大変楽しかった。
この橋は上を歩いて渡ったのだが鉄道用の橋梁を歩いて渡ることは貴重な経験になった。当然手すりなどはなく怖かった。コンクリートの平均台の上を渡ったり廃墟の中を探索したりもできた。ただ一日目で距離を稼げず二日目も行動開始が遅く道が悪く思い通りに進まなかったため今日の地点で撤退する可能性が濃厚になった。先輩の予定があり山行は伸ばせないので今日行けるところまで行って撤退することにした。橋が流されてレールだけ残ったところがあり、そこではロープで確保しながら通過し、その後少し進んだところで幕営した。 
 三日目は来た道を戻るだけである。一日目で手こずった所も難なく通過し、14:30には下山した。この日は一日目にはよらなかった吊り橋にも寄り道した。

この時代にこれ程に華奢で古びた吊り橋を観光用として解放しているのは私が知る限りここだけではなかろうか。寸又峡はなかなか面白い所だと思う。下山後温泉に入り、帰京した。今回の反省を生かせば次回は必ず4日で行けるだろうと思うのでもう一回挑戦したい。