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2026年1月1日木曜日

20260101-02 甲斐駒ヶ岳黒戸尾根

20260101-02 甲斐駒ヶ岳黒戸尾根

メンバー: cl河本(3)、孫(1,記録)

新年で甲斐駒ヶ岳頂上にある神社を参拝しようと思って、行ってきました。

1日目:

0700 駐車場

0917 笹の平分岐

1217 五合目

1334 七丈小屋

山麓の駐車泊で車中泊をして、朝年越しそばを食べたら出発した。五合目までは緩くて歩きやすかった。五合目から雪が増えて、アイゼンを履くことになった。斜度も一気に急になって、ハシゴもすごく急だったので、私のペースがかなり落ちていた。七丈小屋についたら、あと5分を歩いて幕営地に着いた。

年越しそば

ハシゴ

2日目:

0630 七合目

0807 甲斐駒ヶ岳

1447 駐車場

朝6時半出発した。ちょっと歩いて森林限界を越えた景色が素晴らしかった。8時に登頂、山頂にある神社を参拝したらすぐ下山を始まった。天気がいいとものの、トレースもついて相対的に登りやすかった山だった。

日の出

山頂


2025年7月6日日曜日

20250704-06_リンチョウ沢

 20250704-06_リンチョウ沢

メンバー:尾高(OB・L)沼田(4)、落合(2)、鈴木(2・記録)

1日目:晴れ一時小雨
7:40 駐車場所
8:20 池口岳登山口
12:40 池口岳北峰
13:15 池口岳南峰
16:00 千頭山
17:50 柴沢小屋

2日目:晴れ
3:00 起床
7:00 ダルマ沢出合
8:00 第1ゴルジュ
10:00 ヒスイの滝(ヒカゲ沢大滝)
11:00 第2ゴルジュ
(15:30出稜線)
16:10 光岳
17:00 幕営地

3日目:晴れ
3:30 起床
5:40 加加森山
6:50 池口岳-加加森山JCT
10:00 池口岳登山口
10:30 駐車場所

本州で唯一の原生自然環境保全地域に指定されている大井川源流部。その奥に秘められたリンチョウ沢の存在を、私は部室の書棚にあった日本登山体系(1982)の一頁で初めて知った。「瀬と苔と岩が調和した美しい沢」という文言に惹かれ、部会で仲間を募ったところ、以前からその存在を知っていた先輩・同期の3人が手を挙げてくれた。こうして計画は動き出したのだが、社会人より圧倒的に自由時間がある大学生にとっても、時間は常に課題となる。各自の授業や試験に追われ、確保できた日程はわずか3日間。調べた限りの記録は、柴沢小屋からの遡行記録だとどれも3泊4日以上。実施は困難かと思われたが、ダルマ沢を下降する場合や左岸林道、易老渡から入山する場合など複数の行動パターンを検討し、最終的には2泊3日の行程を立てた。また、原生自然環境保全地域内に立ち入る以上、あらかじめ各種法令を調べつつ、活動による自然への影響を最大限考慮した計画の作成に努めた。

1日目
高まる期待を胸に池口岳登山口へ車で向かうが、山行に試練はつきものである。まず、ガソリンの補給を怠ったことで、午前7時のガソリンスタンド開店を待たざるを得なくなった。本来は午前4時入山の予定。既に3時間の遅れである。そして、さらに追い打ちをかけるように、補給を終えて登山口へ向かっている途中で対向車に呼び止められた。聞けば先の道で土砂崩れが起き、普通車では通行困難だという。崩壊箇所の手前に駐車スペースがあるとの助言に従い、そこから歩くことになった。ちなみに土砂崩れは、確かに普通車が通行するのは難しかったかもしれないが、思っていたより小規模なものだった。結局、予定より4時間遅れての入山となった。


土砂崩れ。これでも被害はあります。

池口岳南峰までの登山道は明瞭で、歩みは順調。しかし、南峰から千頭山方面へ向かう2212ピークでは、下りる尾根を1本間違えたり、どこまで下りるかの判断が難しかったりして手こずってしまった。目印にアルミ鍋があるとのことだったが、巻き始めるのが早すぎたのか、見つけられなかった。それでも日没前に柴沢小屋に到着。小屋への吊り橋は今にも崩れそうで、きっと吊り橋効果はてきめんだろう。吊り橋を無事に渡り切って安心したのも束の間、落合がヒルに噛まれている。ヒル対策グッズを持ってきていないというので鈴木の虫除けスプレーで撃退したが、ヒルに怯えながら就寝することになった。


入山が遅れても倒木シーソーは見逃しません。

千頭山、果たして再び来る機会があるのか。

2日目
この日からいよいよ原生自然環境保全地域に入ることになる。1日で遡行する必要があるが、懸念はゴルジュと源頭部である。緊張を抱えつつ、夜明け前に出発した。我々以外に人の気配はなく、澄んだ空気に豊かに流れる沢。思わず「これがリンチョウ沢か!」と叫びたくなるほどの衝動が込み上げてくる。手つかずの自然が広がるこの場所は、まさに秘境といえるだろう。


ドキドキワクワク

リンチョウ滝手前の滝は、左岸からフリーで登れるのだが、鈴木が滝を登って左側のスラブ状の岩にへ移る際、落口近くの石に足を置いたところ、水流に足をすくわれドボン。下にいた沼田さんと尾高さんに笑われてしまった。しかし、明日は我が身、明日を待つことなく続いて登った沼田さんも同様にドボンしていた。その後のリンチョウ滝も左岸からフリーで突破し、ダルマ沢出合まで良いペースで進む。第1ゴルジュ入口には一本の倒木がかかっており、それも利用しつつ右壁から登った。続く5m滝は、様々なアプローチを検討するも、過去の記録にあったとおり、沼田さんが左壁にアブミを設置して登る。安全地帯に移る最後のところが微妙で、勇気を振り絞って飛び移った(その後、沼田さんがエイドを設置し、後続はこれを利用。)。5m滝を登ってすぐ先の6m滝は、尾高さんが左岸から突破。滝の上は先ほど水流に足をすくわれたところに似ていたが、なるべくそのまま右壁をへつり、ことなきを得る。そんなこんなで最初の入口から2時間弱かかってしまったが、第1ゴルジュを巻かずに突破できた達成感は大きかった。


リンチョウ滝

ダルマ沢出合


第1ゴルジュ入口


沼田さんがアブミを設置して突破!!とカッコよかったのですが、
ここで携帯電話を落としたようです… 発見された方はご連絡を。


次は尾高さんが左岸から

第1ゴルジュを抜けるとしばらく静かな沢歩きが続く。時折鹿の鳴き声が響き、我々に「早く出ていけ」といっているようにも感じられる。歓迎されていると思うのは傲慢だろうか。あれこれ考えながらもしばらく歩き、第2ゴルジュ手前の分岐を右進してヒスイの滝(ヒカゲ沢大滝)へ。ヒスイの滝という名称自体は、日本登山体系に記述がなく、100m級の滝としか書かれていない。インターネット上の記録を渉猟しているうちに知ったのだが、何でも幻の滝ともいわれる名瀑のようだ。前衛滝左岸の草付き部を登り、いざ、お目にかかると、1条から3条に分かれる水流が地を打つ姿が圧巻で、しばらく見惚れるばかりであった。


迫力満点

荷物をデポした分岐に戻り、進んだ懸案の第2ゴルジュは、記録では右岸を巻くことになっていた。しかし、第1ゴルジュを登り、時間的にもまだ余裕があったので一度挑戦してみることになった。最初の滝は難なく通過できたが、次の5m滝が難しく、右岸の斜面は土が脆くて落ちたり、左岸の岩場も苦戦したため、結局最初に通過した滝をクライムダウンし、記録どおり右岸から巻くことになった。巻道は時間もかからず、すぐに沢に復帰できた。


第2ゴルジュ

第2ゴルジュを終えてからは徐々に水量も減っていき、やがてガレ場となる。第三の廊下は、日本登山体系にも記述があったが、あまり記憶には残っていないので、問題なく通過できるだろう。適当なところで水を確保し、いよいよ源頭部へ。計画では、2100m付近の分岐を右に進み、岩崖脇から2500m付近の稜線へ出る予定だったが、少し登ってみると急な登りでやや危ないように思えたため、そのまま直進して2350m付近の稜線に出ることになった。順調だったのは最初のみで、樹林帯に入ってからは、ロープを出すほどではないが落ちたら終わりのヒヤヒヤする箇所が続いたが、無事に登山道に復帰することができた。復帰したところから光岳山頂をピストン。しっかり光石にも寄っていった。まだ日没まで時間があったため、計画どおり加加森山周辺で幕営するつもりだったが、既に疲労で足も重かったため、少し進んだところで幕営することになった(手元で調べ得る限りでは、南アルプス国立公園の区域外である。)。


変なところに出たときの絶望感。でも景色は良かった。


光岳山頂

3日目
疲れも取れ、あっという間に加加森山への分岐に到着した。せっかくなので山頂へ寄って下山する。JCTからは1日目と同じ道。行きでは誰一人出会わなかったが、この日は5人の登山者とすれ違う。他の登山者と出会ったことで、一気に人間社会に引き戻されるような、何というか複雑な安心感を感じた。2日前の土砂崩れは既に復旧作業が済んでおり、往路で目を付けていた崖から流れおちる水で喉を潤し、駐車場所に戻った。その後、鈴木の初ヒル被害が発覚するといった災難もあったが、温泉はほっ湯アップル、ご飯は三河家というところに寄った。そして、免許取り立ての落合による運転という最後の核心試練?を無事に乗り越え、帰京した。


光岳山頂にあった看板。
池口岳北峰にあったものは環境省設置でした。

2024年11月23日土曜日

20241123-26_南アルプス深南部千頭森林鉄道跡-合地山

20241123-26_南アルプス深南部 千頭森林鉄道跡-合地山 

記録:河本(1、2日目) 、落合(3、4日目)
天気:晴れ (1-3日目)、曇り(4日目)
メンバー:沼田(3、L)、河本(2)、落合(1、食糧) 

予定
一日目:寸又峡温泉-(寸又川右岸林道)-千頭堰堤-(日向林道)-寸又橋-(千頭森林鉄道跡)-大根沢出会
二日目:大根沢出会-(千頭森林鉄道跡)-釜ノ島小屋-(寸又川左岸林道)-柴沢小屋
三日目:柴沢小屋-合地山-諸沢山
四日目:諸沢山-日向林道合流点-千頭堰堤-(右岸林道)-寸又峡温泉 

行動結果
day 1: 0520 寸又峡温泉- 0730 千頭ダム-(寸又川右岸林道)-千頭堰堤-(日向林道)-0920 寸又橋-(千頭森林鉄道跡)-1630 小根沢停留所
day 2: 0600 小根沢停留所-(千頭森林鉄道跡)-1700 釜ノ島小屋
day 3: 0610 釜ノ島小屋-0900 柴沢-1255 合地山-1600 1541ピーク
day 4: 0600 1541ピーク-0700 諸沢山-0920 日向林道合流点-1120 千頭堰堤-(右岸林道)-1200 寸又峡温泉


この山行はは去年同時期に行われた山行のリベンジとして計画されたものであり、廃道ライターのヨッキれんさんがホームページ「山さ行かねが」に上げている山行記録を参考に、この地の林業資源を運び出すために建設された千頭森林鉄道の軌道跡の最深部を訪ねる計画だ。事前調査が足りなかった前回の反省を生かして事前調査をより詳細に行った。ほぼ唯一と言って良い山行記録であるヨッキれんさんの記事を読み込み、軌道跡や左岸林道、日向林道が載っている旧版地図を国土地理院の九段下の事務所に赴いて取得し、さらに予備日を含めて5日の日程を空けて置いた。また崩落地通過のためにロープやアックス、渡渉用のサンダルも用意した。こうした工夫が功を奏したのか軌道跡を最後まで歩き通すことができ、トラス橋やトンネルといった様々な林業遺構を見ることができて嬉しい。


11/23
記録:河本
天気:晴れ
大間集落(寸又峡温泉)に到着してすぐに準備を済ませてヘッドライトをつけて出発し、ここもかつては軌道跡であった舗装された右岸林道を2時間半ほど歩くと千頭堰堤に着く。千頭堰堤の上を左岸に渡ってすぐのところにある登山道を30分ほど上がり日向林道へ出て、しばらく日向林道沿いに寸又川によって削られた急峻な谷の斜面を横切るように川の上流方向へ進む。日向林道は去年と相変わらずで歩きやすいところも多いが、上から土砂が流れてきたであろう崩落地が多数存在し、土砂が林道の寸又川側の端まで到達しているところでは、林道端は川に向かって切れ落ちているため滑落すると数百m下の河原まで放り出されると思われ、ミスが許されない。崩落地のトラバースは今回の山行で最もよく出てくる危険箇所だが、土砂や石の斜面は安息角を越える斜面にはならないので、角度も高々45度であり足元が崩れて多少滑っても足を突っ張れば止まることも多いが、崩落地のすぐ下が切れ落ちているところはそうは行かず滑落したら即お星様になってしまうので怖い。この林道も崩れていないところでは車がすれ違えるほどの道幅があり、急峻な山の中で旧千頭林営署が相当予算をかけて作ったと思われるが、見るも無残な状態になっているのを見ると自然の復元力の凄まじさを感じる。前回使った左岸林道へつながるであろう登山道の梯子を見送り、寸又橋を少し超えたところにある吊橋へつながる細い踏み跡の分岐で吊橋方面に進み板が腐りかけている吊橋を渡ると目的の千頭森林鉄道の軌道跡に出る。軌道跡は単線の線路が敷けるくらいの道幅で作られたと思われ、寸又川が削ったV字谷の斜面を横切るように走っている。崩れていないところは歩きやすいが、半分以上の道のりは崩れており崩落斜面のトラバースや崩落によりできた岩場の登攀などが混じる。道中には石垣やトラス橋、トンネルや林業や鉄道駅などとして使われたであろう木造の廃屋などの林業遺構がたくさんあり薄暗く険しい道程ではあるが楽しい。コンクリートの平均台を渡るところやトラス橋などといったいくつかのポイントを越えると大樽沢停車場に着く。2階建ての木造小屋でギリギリ泊まれそうである。その先の橋が落ちてレールだけが残るポイントではロープを出して右壁を高巻きし、前回未踏のエリアへ入る。一箇所ヨッキれんさんの記録にはないであろう新しい崩落地があったが懸垂下降を使って通過した。蔓性の木本が密に絡みついた高い鉄橋を渡るところは足を引っ掛けて転ばないか非常に怖かった。その後橋が落ちているであろう箇所で懸垂下降と残置ロープを使っての登り返しをし、小根沢停車場に着くと日没間近だったのでここで泊まることにした。使えれば廃屋に泊るつもりで来たのだが崩壊がひどいため近くにテントを張った。
右高巻き


蔓が巻き付いた橋

小根沢停車場




11/24
記録:河本
天気:晴れ
小根沢停車場を少し探索してから前進を開始した。小根沢から上流のすぐに崩落地があり斜面が急で締まっており危険と判断したのと、その先も通行困難な箇所が予想されたため一度懸垂下降で河原に降りて軌道跡へ復帰できるところまで河原を歩いた。このとき渡渉の必要があったためサンダルに履き替えて、ズボンを脱いで渡渉した。深さは膝上くらいだったが、水は非常に冷たくもうこれ以上渡渉はしたくないと思えた。河原から見た崩れかけの軌道跡は壮観である。聳え立つ崖の斜面を切り崩し、険しく無常感が漂う千頭の山という魔界の中で一定の秩序を築き保守しようとした人類の努力と、それを尽く無に帰してしまう自然の動的平衡を保つ作用のせめぎ合いを生々しく感じられる。もちろん自然の大勝利であり、崩落し放題の暗い谷底には悲壮感が漂う。崩落地を越えるとガレた斜面を伝って軌道跡に復帰する。その後大根沢合流点までは支流の沢にかかる小さい橋が落ちている箇所が続き多少苦戦したが、大根沢から栃沢までは旧地図に軌道跡沿いに登山道が書かれてあり、鹿の踏み跡があり歩きやすい。栃沢から先は牛馬道の区間であり、レールが敷かれていたかどうかはわからないが、短いレールが落ちている箇所が散見された。はじめは歩きやすい区間が続き、人里離れた山奥にいきなり檜の植林地が現れたり、車両の行き違いのための複線区間のような箇所が見られた。しばらく進むと崩落地や木造橋が落ちた所を越える必要のある箇所が釜ノ島小屋まで頻繁に続く区間に入り、かなりペースが落ち、疲れも出てくる。このあたりからは斜面すぐ上方に林鉄廃線後に山奥へのアクセス手段の代替として建設された寸又川左岸林道が走っており、建設時に生じた土砂が軌道跡に落ちてきていて、崩落地が非常に多い。そんな中日没時刻が近づき、幕営適地を探しながら進むも寸又川はゴルジュになっており、軌道跡は崩落し放題の急斜面にあり、軌道跡を探すのも難しくどうしようかと焦りながら進んでいるうちになんとかGPSによると釜ノ島小屋のすぐ近くであろう所まで着くが、どうやっても通過できそうにない崩落地に出くわし、右側の岩を見るとなんとトンネルのような穴がある。入ってみると途中で閉塞しているがこれは記録にはなかったものである。見つけられて嬉しい。トンネルから出ると急いで道を戻り、崖をよじ登って左岸林道へ出て、真っ暗になるギリギリに無事釜ノ島小屋へ到着する。近くの沢で水を汲み、ここでもテントで宿泊した。釜ノ島で廃線跡らしい区間は終わりである。
渡渉

大根沢橋梁


トンネル


トンネルの内部


未記載のトンネル





11/25
記録:落合 
天気:晴れ 
前日に釜の島に着いた時にはもう暗くなっていたのでこの日の朝に釜の島の廃屋を見にいく。いくつかある建物のうちいくつかは壁や天井が無くなっていたが、そうでないものは扉が開いていて中には動物のフンがたくさんあった。部屋は畳だが、何にせよ動物のフンだらけなので使いたくはならない。


千頭林鉄跡は釜の島から数百メートル手前でトンネルが崩落していて、そのトンネルの出口も見つからなかった(出口も左岸林道工事の影響で埋もれている可能性がある)が、釜の島で千頭林鉄と左岸林道が合流するので釜の島から柴沢までは左岸林道跡を辿る。釜の島からしばらくは左に見下ろす寸又川がゴルジュになっており凄まじい。直ぐに人が通れる代物ではない大崩落地が現れるので高巻いて懸垂下降で復帰する。高巻くと反対側の林道に降りるために設置されたと思われる黄色ロープが垂れ下がっていたが念の為それより奥から懸垂下降した。
高巻きしたところ
ここからは時々鹿の踏み跡付き崩落地の簡単なトラバースがあるが、基本的には前日までとうってかわり広い道幅いっぱいに苔で覆われた左岸林道跡を爽快に歩く。河本さんが言う「左岸林道は人間が滅んだ10年後の世界のようだ」は非常に的を得ている気がする。
左岸林道のトラバースは落ちても水ポチャするだけなので怖くない
左岸林道の苔

柴沢小屋手前で光岳に繋がる吊り橋が現れる。この橋はズタズタボロボロで、主塔手前の床木を踏んだら...抜けた。こんな吊り橋は渡ってみたくなるもので、河本さんが先陣をきって絶対に落ちなさそうなワイヤーにセルフをかけながら渡った。続いて落合も渡り、「ビビリ散らかしてるじゃないですか」と言ったら河本さんも床が抜けないか心配だったという。光岳への登山道も使う人がいないので好き勝手に荒れていた。ここから光岳に行くのは面白そうなのでいつか行きたい。
写真だとボロさが伝わらないですね

少し進んで柴沢小屋に着く。ここのトイレも誰も使わないので見た目と臭いのギャップが世界一だ。無臭のボットントイレに臭いをつける度胸はないので外でしたくなりますよね。小屋も中は綺麗で、3人くらいは寝られそう。
柴沢小屋外


柴沢小屋の少し先には千頭山に続く吊橋があり、こちらもなかなかだった。
柴沢でフル充水してからは汗をぶちまきながら小屋の目の前の斜面を登って尾根に出る。尾根に出てちょっと行った所で沼田さんがカモシカを見つけたが逃げてしまい私は見られなかった。合地山に続く尾根は登るにつれて倒木が増えてくる。山頂付近だけ薄ら雪があった。その後、途中から落合が先頭だったが彼の読図がポンコツで進むのに時間がかかり目的地の諸沢山遥か手前の適地にテントを張ることになってしまった。誠に申し訳ないのでそろそろ本気出します。

11/26
記録:落合 
天気:曇り
夜中に雨が降っていて、雨で濡れた日向林道のトラバースを考えると怖くてよく眠れなかったが朝には止んでいたのでよかった。尾根が細くなっている場所もあったが、暗いうちから行動する。諸沢山に登ってからはしばらく読図の練習をしながら降りて日向林道に出る。林道に出る直前が急勾配になっていた。
もうすぐ日向林道
日向林道の崩落地トラバースは千頭林鉄や左岸林道のそれと違って落ちたらバイバイなので行き同様ずっと気が抜けなかったが、行きよりも怖さを感じなくなっていた。千頭ダムまで降りてきてようやく人の気配を感じる。この山域の登山者は珍しいようで千頭ダムでは作業員の方に話しかけられたりした。
ここでお気づきいただけただろうか。行きで2時間半かかった寸又峡-千頭ダム間の林道が帰りは30分で済んだ。というのも千頭ダムから5分ほど歩いたところでダムで話した超優しい静岡の天使に車で寸又峡温泉の駐車場まで送ってもらったからだ。臭い我々を車に乗せてくださり大変恐縮です。
我々を寸又峡温泉まで乗せてくださったおじさんですら輝かしき頃の千頭林鉄を知らないとのことだったので、その忘れ去られようとしている有様を思うと情に訴えかけてくるものがあった。
そして2010年のヨッキれんさんの調査がなければもっと時間がかかっていたし、なにより今回の山行は実現されなかった。ヨッキれんさんにも感謝しかないです。
記録を書いているといつも思うのだが、必要最小限の情報をサクッと記した簡潔なものが良いのか、ちまちまと冗長な記録が良いのかどちらなのだろうか。読む分には前者がありがたいのだが書いているとつい長くなってしまう。こんなに長い記録にお付き合いくださりありがとうございます。

2023年11月23日木曜日

20231123 千頭森林鉄道跡-合地山(敗退)

20231123 千頭森林鉄道跡-合地山(敗退)

記録:河本 
天気:晴れ 
メンバー:L降矢、沼田、河本 

 予定:寸又峡温泉-千頭森林鉄道跡-柴沢小屋-合地山-諸沢山-寸又峡温泉(4日間) 
 行動結果:一日目 8:00寸又峡温泉発-20:00幕営地
      二日目 9:30幕営地発-15:30幕営地(撤退決定)
      三日目 6:30幕営地発-14:30寸又峡温泉

 今回は廃道ライターのヨッキれんさんがホームページ「山さ行かねが」に上げている山行記録を参考に、この地の林業資源を運び出すために建設された千頭森林鉄道の軌道跡の最深部を訪ねる山行を計画した。本山行の目的は「千頭森林鉄道跡最深部を歩き通し,南アルプス深南部の林業遺構を見学する」ことである。事前調査が甘かったためかルートを間違い、時間がかかりすぎて軌道跡の終点である柴沢小屋まで行けずに撤退することになってしまった。
 まずはじめに、寸又峡温泉から千頭ダムまで約3時間ほど舗装のされた林道を歩き、そこから未舗装の道へ入り、日向林道に合流する。日向林道はからり崩落がひどく、崩落地は粗い土砂や石からなる急斜面となっていて踏みしめる度に崩れるので通過するのが怖かった。

日向林道をある程度進むと右側に梯子が見えるのでそこを登り踏み跡を進むと鞍部に出る。ここで鞍部を越えて反対側の河原に降りればよかったものの、下調べが足らず軌道跡はもう少し先にあるだろうと考えて斜面を寸又川の上流に向かって水平方向に斜面を横切るように進みながら軌道跡を探して進むことにした。斜面は急で滑りやすい土の斜面も多く、また複雑な地形だったため本来進むべき川の上流方向には歩いてもあまり進んでいないようだった。そうこうしているにうちに暗くなってきて急斜面に夜中取り残されるのはまずいと判断し一旦河原に降りてそこで幕営することにした。だが降りるのが間に合わず、斜面の途中で日が完全に暮れてしまう。昼間でもかなり慎重に歩かなければ転落してしまいそうで、落ちたらただでは済まなさそうな急斜面に真っ暗な中取り残されてしまったため、ここからはそのまま降りるのはまずいと考え、ロープを出して懸垂下降で降りることにした。真っ暗な中での懸垂はとても怖く、河原に降りられたときには20時になっていた。この時点で私はかなり疲弊しており、懸垂中は生きた心地がしなかったためとりあえず無事に安全地帯である河原に降りられてよかったと安堵したのを覚えている。懸垂で降りた地点付近には目的の軌道跡があり、鞍部からそのまま降りるべきだったと気づいた。そうしていれば鞍部から幕営地まで7時間かかった所を20分もかからず行けたのではないか。この夜はたき火をした。
 二日目は全員寝不足で疲れて9時に出発した。川の約15m程上の斜面上に軌道跡が併走しているので一日目よりかは歩きやすい。軌道跡はレポートにもあるとおりかなり荒れており、歩くのに注意を要するところが多かったのだが所々に切り通しや石垣、袋に入ったコンクリートや廃駅の建物や土砂で埋まりかけのトンネルなど多くの林業遺産をみることができて興奮した。私がこの山行で一番の目的にしていたレールが残ったトラス橋もみることができ大変楽しかった。
この橋は上を歩いて渡ったのだが鉄道用の橋梁を歩いて渡ることは貴重な経験になった。当然手すりなどはなく怖かった。コンクリートの平均台の上を渡ったり廃墟の中を探索したりもできた。ただ一日目で距離を稼げず二日目も行動開始が遅く道が悪く思い通りに進まなかったため今日の地点で撤退する可能性が濃厚になった。先輩の予定があり山行は伸ばせないので今日行けるところまで行って撤退することにした。橋が流されてレールだけ残ったところがあり、そこではロープで確保しながら通過し、その後少し進んだところで幕営した。 
 三日目は来た道を戻るだけである。一日目で手こずった所も難なく通過し、14:30には下山した。この日は一日目にはよらなかった吊り橋にも寄り道した。

この時代にこれ程に華奢で古びた吊り橋を観光用として解放しているのは私が知る限りここだけではなかろうか。寸又峡はなかなか面白い所だと思う。下山後温泉に入り、帰京した。今回の反省を生かせば次回は必ず4日で行けるだろうと思うのでもう一回挑戦したい。

2023年10月22日日曜日

20231018-1021_南アルプス深南部

20231018-1021_南アルプス深南部
メンバー:尾高(2年 L),藤澤(1年 記録)
天気:4日間ともに晴れ
Day 1
1200 寸又峡温泉
1420 千頭ダム
1520 お立ち台
 早朝に東京を出て自家用車で寸又峡温泉へ。寸又峡温泉から千頭ダムまでは林鉄跡の右岸林道を歩く。途中の吊り橋までは観光客が多くて、大型のザックにロープを外付けした我々の方が場違いだった。吊り橋を過ぎると全く人と出会わなくなり、ようやく静かな深南部の世界に入ることができた。時々現れる長い真っ暗なトンネルが少し怖い。我々以外に誰もいないであろう山域に、上流のダムから流れる防災無線が響き渡っていた。
 千頭ダムからは左岸林道に向けて尾根沿いの旧生活路を登る。人気のない静かな森の中には、綺麗な石垣が幾つも残されていて、その1箇所には割と状態の良い廃屋があった。僅か半世紀前にこんな山奥に営まれた暮らしに実感がわかず、自分が知らない時代にタイムスリップしたかのような錯覚に囚われた。
 やがて左岸林道のお立ち台に出た。驚いたことに車が3台停まっていて、どうやら左岸林道はこのお立ち台まで車両が通行できるらしい。お立ち台からは周囲の山々を見渡すことができた。街の明かりからも携帯電波からも隔てられた山奥で、AMラジオから流れる知らない放送局の知らないパーソナリティの声を聴きながら、テントを張らず外にシュラフを敷いて寝た。星の綺麗な夜だった。

Day 2
0640 お立ち台
0745 大垂沢橋
0940 小根沢橋
0950 小根沢小屋
1115 大根沢小屋
1220 大根沢橋
1420 三昇の滝
1520 釜ノ島小屋
1705 柴沢小屋
 今日は一日中左岸林道を歩く。お立ち台から柴沢小屋までのおよそ25kmは絶え間なく崩落地が現れた。結局ロープを用いたのは1箇所のみであったが、崩落箇所の半数は足を滑らせたら大怪我を避けられない危険なものであった。慎重にステップを作りながら、時にはアックスでバランスを保ってトラバースする。途中で橋梁の点検を行なっていた3人組のパーティとすれ違った。地理院地図からも消された林道で、今も設備の点検が行われているのは少し不思議な気がした。
 所々に残されたかつての林業遺構は、中に入ると日用品や掲示物が当時のままに残されていて、深南部の盛衰を肌で感じられた。
 廃道に落ちる大きな滝があって、この日は気温が高かったので貸切で滝行を楽しんだ。釜ノ島小屋の少し先に大規模な崩落地が現れた。崩落地手前で斜面を登って迂回し懸垂下降で林道に復帰。唯一ロープを使った箇所だった。やがて日没前に柴沢小屋に到着。
 年に数組しか利用していないであろう小屋は、外観こそボロボロであるが中は綺麗に使われていた。川に水を汲みに行くと、大きな魚が数匹泳いでいた。外で焚き火をしながら自炊をして、快適な寝床に就いた。

Day 3
0650 柴沢小屋
0930 合地山
1250 諸沢山
1500 日向沢林道
1610 千頭ダムへの分岐で幕営
 柴沢小屋の前から取り付く。最初は急登であったが、尾根に合流してからは緩やかな苔むす森を歩いた。最後の方は倒木が多くて歩きにくかったけど、2時間半ほどで合地山のピークに到着。眺望はイマイチだったけど人気のない山頂というのが新鮮で良かった。そこからは諸沢山を経由して日向沢林道に降りる。途中で一度寸又峡温泉振りに電波が入った。日向沢林道も危険な崩落地が多く、最後の最後まで緊張する山行だった。千頭ダムへの分岐にてテントを張って就寝。

Day 4
0700 幕営地
0920 寸又峡温泉
 1日目に通ったルートで千頭ダムに降り、右岸林道を経由して寸又峡温泉に下山。温泉に入ってさわやかハンバーグを食べて帰った。深南部の良さを満喫できた良い山行だった。来年以降も深南部に通いたい。

2023年3月5日日曜日

南アルプス主稜線縦走



現役1名とOB2名で南ア主稜線の縦走
に行ってきました。

メンバー:近江(OB), 縄(OB), 尾高(2年)


2/20 19:05沼平ゲート〜20:20ヤレヤレ峠幕営
2/21 6:30ヤレヤレ峠〜9:20横窪沢小屋〜13:40茶臼小屋泊
2/22 6:20茶臼小屋〜6:45茶臼岳〜9:15上河内岳分岐〜12:30(?)聖平小屋泊
2/23 停滞
2/24 4:30聖平小屋〜8:20聖岳〜14:40兎岳避難小屋付近幕営
2/25 5:40(?)兎岳避難小屋付近〜6:10兎岳〜13:30百間洞山の家泊
2/26 5:30百間洞山の家〜8:50赤石岳〜10:35大聖寺平〜14:40荒川中岳〜14:50荒川中岳避難小屋泊
2/27 6:15荒川中岳避難小屋〜12:20高山裏避難小屋泊
2/28 4:10高山裏避難小屋〜11:30小河内岳〜14:50三伏峠幕営
3/1 5:50三伏峠〜10:25塩見小屋〜13:20塩見岳〜16:00(?)北荒川岳手前2701付近幕営
3/2 13:00(?)北荒川岳手前2701付近〜17:40安倍荒倉岳直下幕営
3/3 7:00安倍荒倉岳直下〜10:50三峰岳〜15:00三峰岳下り2572付近幕営
3/4 6:00三峰岳下り2572付近〜9:00横川岳〜12:30伊那荒倉岳〜13:30苳の平幕営
3/5 4:50苳の平〜9:00仙丈ヶ岳〜15:20柏木登山口
2/20 1日目

移動日。千頭まで大井川鉄道、千頭から沼平までタクシーで向かった。千頭から1万3000円程だったので、静岡駅からタクシーに乗るよりはお財布に優しい。千頭駅発17時ごろまでしか対応していないらしい。

19時ごろ沼平ゲートに降り立つ。これから16日間の縦走が始まると思うと、胸が高まる。畑薙大吊橋までの林道はわずか5日前の冬合宿でも歩いた林道。新月で真っ暗な中、適当に歩いて行くと程なくして畑薙大吊橋である。この日はヤレヤレ峠まで上がる事として大吊橋を渡る。暗闇の中35kg程のガッシャーを背負って吊橋を渡るのは中々楽しい。やや悪いトラバース道をこなすとヤレヤレ峠に到着。なかなかの幕営適地。

沼平ゲート出発時

2/21 2日目

横窪沢小屋への下りが凍結していて、若干悪かったが、それ以外は特に問題なく順調に進んでいった。雪もよく締まっており、ラッセルも特に無かった。ただ、茶臼小屋へのトラバース道は若干分かりづらい箇所があった。

この日はピカピカの茶臼小屋で宿泊。とても快適だった。


快適な茶臼小屋

2/22 3日目

朝イチで茶臼まで空荷で往復。深南部から上河内、聖、中央アルプスがよく見渡せる。天気良すぎか。稜線上は高温で解けた雪が固まったのか、雪というよりは氷になっている箇所が多かった。上河内だけへの登りは完全に凍結しており、怖かった為途中で引き返した。

南岳からの下りで一度下降する尾根を間違えたが10分ほどで気づいた。その後は踏み抜きと格闘しつつ樹林帯を下り聖平小屋へ。予想していたよりもハードな日だった。

茶臼山頂
c


上河内岳と聖岳


2/23 4日目

強風予報のため停滞。




2/24 5日目

最初は樹林帯。前日登っていた単独行の方のトレースをお借りする。前聖の手前から樹林を抜ける、と同時に雪面がガチガチに凍結している箇所が多くなる。前聖から見る聖岳は凄まじい迫力で聳え立っている。傾斜はかなり強そうだし、雪面もほぼ氷の様である事は確実。ほんとに登れんのかよ。マジでラスボス感MAXであった。とはいえ、よく観察すると山肌に夏道の痕跡が見える。それが上手く、砂利等の露出している面を避けて山頂まで繋がっている様であったので、基本的に夏道を辿って登る事とする。

案の定、ガチガチに凍結し、半分氷の様なっている雪面にしっかりアイゼンを蹴り込んで効かせながら登っていく。足を滑らせたら最後、数百m下まで氷の滑り台である。慎重に登っていけば問題無いとはいえ、まだまだ縦走前半、ガッシャーの重さも30kgは超えている。心身共に消耗する登りであった。登っている間、これマジでヒマラヤって言ってもバレないんじゃね?とか思った。

圧倒的迫力の聖岳

前聖と聖岳
およそ300m程、そうした雪面をこなすとようやく聖岳山頂。数日前の冬合宿でも来た場所であるので、そこまで感慨は無い。というか、聖からの下降もかなりシビアそうであったので、感慨に浸る余裕は無かった。強いて言うなら、仙丈遠いなぁぐらい。

聖岳山頂にて

聖の北側斜面は思っていたよりは凍結しておらず、少しだけ安心。とはいえ、2950m付近?からの斜面はかなり急で数十mのクライムダウンを強いられた。2796ピークあたりから夏道はトラバースしており、トラバース道を辿ればロープを使わずに下降できるそうだが、我々はトラバース道を発見できず、稜線沿いに下降する事とした。2750m付近の細いリッジ上で、北側に伸びるルンゼ状の地形に沿って、5p懸垂した。木がある程度あり、支点が取りやすそうだったので懸垂をしたが、50mロープ1本しか無かったので下降に時間がかかった。上部はスタカットでも良かったかもしれない。この辺りから予報通り雪が降り始め、風も強まりルンゼ内はスノーシャワーや雪塊が絶え間なく落ちてきた。支点は雪面に露出した木の枝みたいなもので何とか。

クライムダウン

その先は細いリッジを細かいアップダウンを繰り返しながら進んでいく。兎の登りは一箇所めちゃくちゃ左側が切れ落ちていて怖い岩があった。半分四つん這いになって通過した。後は、木とかを頑張って掴んで雪壁を登っていく奮闘的な感じ。特にロープは出さなかった。

そうした登りをこなし、ヘトヘトになりようやく兎山頂下の平地へ。事前情報により、兎岳の避難小屋が雪で埋まっていて使用できない事は知っていたのだが、想像以上に埋まっていて笑ってしまった。掘り出すのも難しそう。問題はどこで幕営するかであるが、山頂下の平地は基本的に風がかなり強い。設営出来ないことは無いが、あまり快適では無いだろう。他に適地が無いか、探してみたが、平坦かつ風が弱い場所というのは皆無であり、結局避難小屋手前の平地で幕営する事とした。ガッシャーをまずテント内にぶち込み、飛ばされない様にして設営。案の定、かなり寒かったが、夜にかけて風は弱まったので絶望的では無かった。とはいえ、夜中何度も起きたけれども。この日は迷いなくペミカンデー、マジで世界一美味かった。(今回予定全行程16日の内、6日分ペミカン、炒めた肉と野菜をバターで固めたもの、を持って行った。)

長い1日だった。縦走全行程を見てもこの日が1番ハードだった気がする。


2/25 6日目

この日は打って変わって快晴。イマイチ回復したのかよくわからない体で兎岳の山頂に立つ。ここから下降していくのだが、北側の急斜面は全てガチガチに凍っている。結局朝イチで標高差150m程の急斜面をほぼ全てクライムダウンで下降していく。一歩足を滑らせれば数百m下の奈落まで真っ逆さまである。結局この斜面の下降だけで1時間以上かかった。そこから先、小兎、中盛丸山、大沢岳の登下降もそれぞれ100〜200m程の標高差があり、極端に悪いところは無いものの、凍結した斜面の下降、踏み抜き等が連続しかなり体力を持ってかれた。結局この日は赤石岳避難小屋まで行く予定だったが、到底到達できなさそうだったので百間洞山の家へ。極めて快適な冬季小屋だったが、小屋内で湯を作り湯気が立つ度に、火災警報器が作動し大音量のブザーが鳴り響くのには閉口した。


2/26 7日目

前日の遅れを取り戻すべく、気合を入れて赤石岳へ。百間平までの雪面、百間平は風がかなり強かったが、雪面の状態は極めて良好で、スムーズに進んでいく。かなり寒く感じたが、この日は赤石山頂付近では-20℃程度まで気温が下がった様だ。


そんなこんなで快適に百間平を通過、赤石岳への登りに差し掛かる。県境のリッジ上はかなり岩が露出しており、難しそう。雪面の状態も良く締まっていて安定している様だったので夏道沿いにトラバース後、ルンゼを登っていくことに。慎重にアイゼンを効かせ、トラバースをこなしていくと、ルンゼへ。赤石岳の名の由来となった、赤いチャートが朝日に染まる様は日本離れしていた。ドロミテっぽい。行った事ないけど。素早くルンゼを通過し山頂へ。空が青い。というか黒くて宇宙を感じる。空を飛ぶ飛行機も随分近く感じた。赤石の山頂からは360°の大パノラマ。人生で1番の絶景だった気がする。その後、小赤石を経てスムーズに下降していく。小赤石の肩?(3030mピーク)からの下りもクライムダウンはほとんどせずに下降できた。結果、大聖寺平に着いたのはまだ10時半!中岳避難小屋までいけるんじゃね?という話になる。

赤石山頂にて

赤石山頂からはこれから歩く山が一望
大聖寺平付近、正面が荒川岳

荒川小屋上まで稜線を進んでいき、いよいよ荒川岳の登りへ。ここは夏道沿いにルンゼを登っていくか、県境沿いに稜線を登っていくルートの二択があったが、ルンゼを登っていくルートは夏道沿いのルートは夏道が分からない上、トラバースもかなり嫌らしそうだったので却下。稜線を進む事とした。岩峰右の若干窪んだボロボロの砂利の斜面を進んでいく。かなり斜面はボロボロだし、傾斜も強かったが、雪を少し被ってるお陰でそこまで崩れなかった。そうして2900m付近の平地へ。ここからは一転、傾斜が緩くなる。山頂も随分近くにある様に見えて少し油断した。

基本的に岩を避けつつリッジ上を進んでいく。一箇所、岩峰を左に巻いて、チムニー状?になった部分を登る箇所があるのだが、若干悪く、ロープは出さなかったがここが核心であった。その後は急な雪面を登っていき、前岳山頂へ。前岳山頂が見えてから、ほとんど距離は無いはずなのにやたら遠く見えた。雪山はスケール感がバグる。

前岳になんとか辿り着いた後は、中岳避難小屋へ。なんと小屋には先客の単独登山者がいた。転付峠の方から来たらしい。人が居るとは思わなかったのでびっくりであった。予定以上に進めた充実感と、小屋に置かれている布団のお陰でこの日はあまり寒さを感じる事なく熟睡できた。

2900m付近の平地より山頂方向


荒川中岳へ
ペミカンカレー♪


2/27 8日目

荒川岳からの下降は、雪面が安定しているため、朝イチで夏道沿いにルンゼを下降していく事とした。夏のコースタイムより早くルンゼを爆速下降。ルンゼを2500m付近まで下降後、とりあえずトラバースしてみるが、夏道の痕跡はピンクテープぐらいしかなく、別にただの雪面をトラバースしてるのとほとんど変わらない。結局、踏み抜きと不安定な雪面で詰んでしまったので、一回少し平らなところまで降りた後、登り返して稜線を進んでいく事とした。そこから先の細い稜線は気温がかなり上がった事もあって地獄の様な踏み抜きの連続。また、アップダウンの途中では急斜面が多く、クラストしている箇所もある為、アイゼンを使うかワカンを使うか迷う場面もかなり多かった。そんなこんなで地獄の様に時間がかかり、1時間程経っても100m程度しか進んでないという地獄の様な状況が続いた。高山裏避難小屋へ辿り着く頃には戦意を喪失し、この日は早めに行動を切り上げ、翌日雪の締まっている朝のうちに行動する事とした。

高山裏避難小屋はとても快適であり、ラジオを聴きながらマシュマロ焼きパーティをした。

印象的な日の出
下降してきたルンゼ


2/28 9日目

この日は気合を入れ、4時出発。アイゼンとワカンを併用し、雪がよく締まっていることもあり、まずまずのペースで板谷岳へ。板谷岳から大日影山の稜線は急峻な小ピークがいくつか連なっていて、核心。急な雪壁登り等をこなして大日影山手前の平地へ。ここまで来れば一安心である。大日影山から小河内岳へはまたなだらかな稜線。小河内岳の登りも至って快適である。その後も特に問題無く三伏峠へ。行動時間は11時間程度になった為、かなり疲れた。そして、なんと三伏峠の冬季小屋は開放されていない事が判明。急遽幕営へ移る。とはいえこの日のテントはとても暖かく快適であった。

大日影山への稜線
小河内岳にて


3/1 10日目

この日は本来塩見小屋までの予定だったが、樹林帯の登りが思っていたよりもかなり進み、塩見行けんじゃね?って空気に。樹林帯はやっぱり全然時間読めないですね。慌てて、塩見小屋でハーネス装着。塩見小屋は埋まっていて掘り出すのはかなり大変そう。今日泊まらなくて良かったかもしれない。

塩見の登りは雪の量が少なめだったからか、夏道のマーカーがかなり見えていて、それを辿って夏道沿いに上がった。ロープを出す事もなく、無事塩見山頂へ。塩見山頂からの下りも一箇所クライムダウンをしたが、それ以外には特に悪い箇所は無く無事2700m程度の安全圏へ。

ただ、この辺りの稜線は荒地になっており、ほぼ樹林が無い上に、クラストしていて雪が硬く幕営適地がなかなか見つからなかった。今夜はかなりの強風予報である為、しっかり風が防げるところに幕営したいのだが。結局完璧な適地は見つからず、時間もなくなってきたので、雪が若干吹き溜まってる所で幕営し、気休め程度の防風壁を作った。結局それなりに風は吹いたが、夜から朝にかけて10-20cm程度の降雪があった事もあり、特に寒さを感じる事なく寝られた。

塩見山頂直下
塩見岳にて
幕営地

3/2 11日目

午前中は雪と風の為停滞。13時ごろ出発し、熊の平小屋を目指す。しかし早速仙塩尾根の洗礼を受ける。前日からの降雪のお陰でラッセルがあった事に加え、単純に距離が長く、なかなか思うように進まない。結局安倍荒倉岳手前で時間切れとなり幕営。


3/3 12日目

三峰岳へ向かう。三峰岳の登りは山頂手前で細い岩尾根となっているが、特に問題は無く通過。雪の状態が悪ければ若干悪いかもしれない。下降は夏道は鎖場となっている場所が悪そうだったので、ハイマツを掘り起こして懸垂をした。この際、ハイマツが風の関係か横向きになっていた為、ハイマツにクレムハイストで支点を取った。

その後は適当に仙塩尾根上の2500m付近で幕営。最高の幕営適地だった。

三峰岳山頂にて


3/4 13日目

この日は軽めに苳の平まで移動、のはずだったが絶妙に夏道が分かりづらいのとラッセルのお陰で何だかんだ時間はかかった。

あんまり美味く無さそうな飯


3/5 14日目

苳の平から少し樹林帯を上がるとすぐに森林限界を超える。稜線を進んでいくとやがて大仙丈の登りへ。地形図からして明らかに急だったので少し心配していたが、夏道と同様に斜面を右上トラバースして大仙丈手前のコルへ上がればそこまで大した事はなかった。雪の状態が悪ければもっと怖かったかもしれない。尾根通しに行けない事は無さそうだが難しそう。一歩一歩稜線を進んで行くと、ついに仙丈岳へ。これまで歩いてきた真っ白な山々が一望できる。この純白の稜線をここまで80km以上歩き、自分達のトレースを刻みつけて来たと思うと胸が熱い。心の底から満たされたような気持ちになる。やり切ったー。固い拳を交わして記念撮影。

少し休憩した後、一気に地蔵尾根を下降。めちゃくちゃしっかりトレースが付いていて非常に歩きやすい。むしろ夏道よりも歩きやすいかもしれない。後はやたら長い道をひたすら歩いて柏木登山口に到着。無事に全行程を終え、その日のうちに帰京。伊那バスターミナル前の店で食べたソースカツ丼はマジで美味かった。人生で1番米が美味く感じたかもしれない。

この山行最後の日の出
仙丈へ
最後のピーク
ゴール!