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2018年2月5日月曜日

2018.02.02 冬合宿(仙丈ヶ岳・甲斐駒ケ岳)

2018/2/2 冬合宿1日目
天気:曇り
記録:畑中

伊那BT 0120=(タクシー)=仙流荘0150=(幕営)=起床0530=出発0630=戸台0830=北沢峠1700

東京から深夜バスで伊那まで行き、そこからはタクシーで戸台までタクシーで向かう予定だったが、生憎の雪で途中の仙流荘までしか進めなかった。雪が降る中、タクシーの運転手さんに「進めるところまでお願いします」と言うのはやはり少し申し訳ない。仙流荘に着くと、屋根があるところの下に泊まれるスペースがあったので、テントの本体だけ組み立ててシュラフのみをザックから出して就寝した。
翌朝起床して再びパッキングして出発。最初は戸台までのコンクリートの道だ。車輪が通った後はかなり滑る。戸台までで数人が滑ってこけてしまう。戸台の直前からは車の通った後もなくなり膝下のとても軽い雪のラッセルとなる。戸台に着くとやはり河原を雪が覆って夏道が全くわからなくなっている。雪を踏み抜いて川ポチャにならないように銭湯が気をつけながら後続がその後をついて行く。下山時に分かったことだが、定期的にでてくる堰は基本的には右岸に歩きやすい道がある。我々は左岸の道のないところをお助け紐を使ったりして登ろうとし、かなり時間をロスしてしまった。終わりのないように感じられる平坦な道のりも終わり、丹渓山荘より先は北沢峠までの登りになる。初めは登山道がやや滑る上に外傾しており滑落する恐れもあったためアイゼンを装着する。どうやらそれは初めだけで、その後は特に問題のない普通の登山道となる。北沢峠に到着し、テントを設営して就寝。明日からのピークハントに向けて英気を養う…。


2/3 冬合宿2日目(甲斐駒ケ岳)
記録:吉田
メンバー:L池田、中山、畑中、吉田
 
:45北沢峠発―9:40仙水小屋−11:30仙水峠―14:15駒津峰―17:30北沢峠着

前日までの大雪のせいでトレースが埋まっていて全行程でラッセルを強いられた。長衛小屋からワカンを装着した。仙水峠の手前までは池田吉田、中山畑中で組になり、一方が休憩している間にもう一方がラッセルを続けるという形で進んだ。その仙水峠の手前の樹林帯が開けたところから風が強くなってきた。峠につき行先を見ると、夏道である樹林帯は雪があまりにも多く進めないようだった。池田が偵察に行くと少し戻ったところのゴーロ帯から登れそうだということになり、峠でアイゼンを装着して出発した。ゴーロ帯の雪面はクラストしていてアイゼンがよく効き快適であった。ゴーロ帯の終わりで夏道に合流した。ここからは再び雪深くなるためワカンを装着する。この登りの最後、森林限界で当初の下山開始タイムリミットである14:00を迎えた。しかし兎に角駒津峰までは登ってしまった。下山しながら気がついたが駒津峰でストックを一本おいてきてしまった(翌日に回収しようと思っていたが無くなっていた)。帰りに沢で水を汲んだため夜の水作りの時間を短縮する事ができた。


2/3 冬合宿2日目(仙丈ヶ岳)
記録:饗場
天候:晴れ
メンバー:L阪本、岸本、饗場、近江、箱守
記録:
7:15 北沢峠 →11:00 藪沢大滝ノ頭 →12:10 六合目 12:201:05 小仙丈ケ岳 1:152:30引き返し(仙丈ケ岳山頂手前)→3:30 六合目 →6:00 北沢峠

反省:若干のもたつきがあり、予定より遅れて北沢峠を出発した。このときもっと早く準備して出発していれば時間的に登頂することは可能だったので大きな反省点のひとつである。その後ラッセルを行いながら樹林帯を進んでいった。雪は深いところで腰まで、浅いところではくるぶしまで、で基本的には膝ぐらいまで埋まった。阪本さんと11人が休憩時間をずらしラッセルすることで若干早く進むが、小仙丈ケ岳到着は1:00ごろと遅くなってしまう。小仙丈ケ岳から仙丈ケ岳までは1時間ほどでいけるということでワカンをおいて仙丈ケ岳へ出発する。雪崩の危険がある場所は1人ずつ歩いて進んでいった。狭めの稜線ではあったがナイフリッジというほどではなく進んでいく。若干のラッセルもあったが天候がよいこともあり順調に進んでいると思っていた。しかし時間が遅くなりすぎたため引き返すこととなった。この時点で山頂まで1520分ほどでいける位置にあるように見えたので非常に残念であった。その後来た道を引き返していく。帰りは特に何も無くサクサクと降りていった。途中で暗くなり始めたのでヘッドライトをつけて下っていった。この日は常に天気がよく稜線上でも風が強くなかったのでコンディションとしては最高に近い状態だったと思う。そのような状況で登頂ができなかったのは力不足であったと思う。具体的には出発時間の遅れ、体力の貧弱さ等であり、事前の努力で改善できた項目であったため大いに反省するべきである。


2/4 冬合宿3日目
記録:近江
メンバー:L池田、阪本、中山、岸本、畑中、箱守、饗場、吉田、近江
天気:晴れのち雪
コースタイム:08:30北沢峠発-11:00ゴーロ帯終わり-12:25駒津峰-14:20甲斐駒ケ岳-18:00帰幕

 前日のラジオ放送によるとこの日は悪天の予報であったため、この日は停滞ということになっていた。だから朝起きて外に出た時晴れていたことは非常にショッキングなことであった。午前八時前に主将は出発すべきかそのまま停滞にすべきか迷っていたが、あまりに天気が良かったということと、前日駒津峰まで到達しておりラッセルの手間が少ないことから、出発することに決定した。出発時刻が遅かったので、皆朝食も取らずに出かけた。ラッセルの手間が省けたため、前日は3時間かかったという仙水小屋まで1時間足らずで行けた。ここでアイゼンを装着した。しばらく行くとゴーロ帯に入った。開けていたため比較的雪が締まっており、アイゼンが効いた。ゴーロ帯を過ぎると樹林帯に入るのだが、樹林帯に入る直前に赤布を二本挿しておいた。樹林帯を過ぎ、少し登ると前日の最終到達点という駒津峰に到着した。駒津峰以降は、急な雪面のトラバースや岩がむき出しになった箇所などがあり、少しスリリングであった。山頂に着き写真を撮って下山を開始するとすぐに天候が悪くなり始めた。駒津峰に着く頃にはサングラスは凍りつき、使い物にならなくなっていた。サングラスをしまってまつ毛が凍りそうになりながらも樹林帯に駆け込み、一息ついた。だがこれで終わった訳ではなく、ゴーロ帯でもまつ毛が凍りそうになった。ゴーロ帯を過ぎると後は樹林帯なのでやっと安心できた。行きと同じく仙水小屋でアイゼンを外し、途中の沢で水を汲んでテントに戻った。



全員で甲斐駒ケ岳に登頂


2/5 冬合宿4日目
天候:晴れ
記録:箱守
5:30起床=7:30北沢峠=11:40戸台=13:00仙流荘

前日に甲斐駒ケ岳を全員で登頂し目標を達成したため、この日は北沢峠から下山することとなった。1日目は河原歩きで四苦八苦していたが、下山時は第二堰堤手前まで左岸を歩き第二堰堤を階段で超えたらそのまま右岸を歩くと楽だった。テープを辿って行けば問題ないと思われる(逆に1日目は左岸のテープを辿って失敗したが…)
戸台あたりまで来ると積雪量が入山時と比べて明らかに減っており舗装道路にはほとんど雪は残っていなかった。
仙流荘で温泉に入って疲れを癒し、帰京。

車窓から見えた甲斐駒は雄々しく、その頂を踏めたことに達成感を覚えるとともに2日目の反省から更に精進することを誓った。


2017年12月17日日曜日

2017.12.16-17 白毛門(初冬合宿代替)

初冬合宿代替山行2 

日程:12/16-17 
天気:(1日目)晴れ後曇り後風雪(2日目)風雪 
メンバー:岸本(L)、阪本、三浦、近江、箱守、畑中 
記録:畑中 

行動概要 
1日目:土合駅1050=松の木沢の頭1400=就寝1900 
2日目:起床0500=出発0720=白毛門登頂0950=松の木沢の頭発1240=土合駅駐車場1430=土合駅1530 


土合駅に集合し、下り線のあの階段を登る。駅の待合室的なところで支度をし出発。空は快晴。暑いので、インナーに直接レインウェアという格好になる。駐車場を過ぎ、橋を越えたあたりから一年生と上級生がペアになり、一年生に自由に歩かせてラッセル練習を開始。尾根に到着したあたりで終了。そこからは一般道を普通に歩く。晴天なので、やはり暑すぎる。レインウェアも脱インナーも脱ぎ長袖一枚に着替える。途中休憩中に地形図を読む練習をする。みんな大方合っていたように思う。松の木沢の頭に到着し、テント設営を始める。この頃には谷川の国境稜線から見るからに吹雪そうな雲がずっしりと姿を現していた。

松の木沢の頭より一ノ倉沢
明日の天気が不安…
一年生の三人で立て始めるが、遅すぎると上級生に指摘される。二回目。まだ遅いと言われる。お互いに指示を出しあうという行為が欠けていたようだ。テント設営の途中には厚い雲が空を覆い風雪となる。なんとかテント設営のお許しをもらい、皆テントの中に入る。時間もあったので、外でピットを掘ったり、ビーコン捜索練習をする。畑中はラジオで天気情報が流れる時間になると放送に従って天気図をかく。日本中が低気圧ばかりでびっくりした。久々に書いたにしては悪くない出来だ。夕食はカレーだ。箱守が作ってきてくれたペミカンはいい匂いがしてとても食欲がそそられる。先輩に「石油を食わされた」と言わしめた吉田のペミカンとは一味も二味も違うだろう。ひとしきり話して、就寝。 
起床し、食事を済ませ、出発の支度をする。ハーネスをつけていくかどうかという話しになり、岸本は「必要ない」というが阪本は「途中でつける可能性が少しでもあるなら初めからつけていくべき」という。結局つけていく。前日まであった踏み跡は消えており普通のラッセルとなる。一年生が交代で先頭を行く。まだまだ苦しい。体力をつけねば。ラッセル時にはルーファイも大事でできるだけ楽になるように進路を取らなければならない。基本的には尾根に忠実に行くが、岩(岩かどうかは大きくて定かではないが直登は無理そう)のピークなどは巻いて行く。所々岩が露出してい腰あたりまである段差を登るが、登山靴が滑りそうで怖い。進路が大きく曲がるところで赤布を刺しながら進む。下山時にこれにかなり助けられる。尾根から少し離れて雪面を登っている時に、後ろの上級生から「この雪大丈夫か?」という声が聞こえる。確かに表面の10数cmは少し硬いがその下は軟らかい。雪崩の恐れもあるため先頭を岸本が代わりトップとなりめに抜ける。雪の状態を気にせず歩いていたことに猛省しなければならない。尾根に戻り少し進むと鎖場がある大岩が出てくる。ロープを出すほどでもないがベルグラが張っていて滑ると致命的な地形だったこともあり、フィックスをはることにした。岩手前にある小さな平らなところでアイゼンを装着する。オーバー手袋でアイゼンを着けるのに手間取らない。これは良い進歩だ。阪本がトップで行き後続がそれに続く。その後細いリッジを歩きピークにたつ。

頂上直下のリッジ
これが山頂か?と少し戸惑ったが雪を掘ると白毛門山頂にあったモニュメントが見つかる。登頂だ。
頂上のモニュメント
秋の沢登りで白毛門を登頂していたことが役立った。風雪が激しく長居する必要ないので速やかに下山を開始する。三浦が先頭で行く。視界がとても悪い中、往路で刺していた赤布に大いに助けられる。逆に、刺していなかったらと思うと恐ろしい。ピストンにおいて赤布は大事なことを痛感させられる。松の木沢の頭に近づくに従って風雪も穏やかになってくる。無事にテン場に到着し、テントを片付け、V字状にプローブを刺して埋没している人を探す練習をする。一通り手順を確認した後、一年生が1人ずつ埋まって実際にただの雪と人間の刺した感触の違いを体感する。それも終わると、下山開始。途中踏み固められてツルツルになっている箇所がいくつもあり、何回も滑ってこける。滑り台状態。最後の方はあえて一般道を外れてふわふわの雪の中を進んだりもした。個人的には一般道がツルツルで怖いのでこっちの方が安全な気がする。土合の駐車場に到着すると、まだ時間もあるので、平らな駐車場を雪面に見立ててビーコン捜索練習をする。埋没者のビーコンが機能しなくなっている場合があることや、V字捜索は雪崩発生地点と消失点の延長線上から始めるなど当たり前のことを忘れていた。実際はもっと焦るだろうから、普段から心がけないといけない。ビーコン捜索練習も終えて、土合駅に戻り、帰京。 

2017年11月23日木曜日

2017.11.23 霞沢岳南尾根

20171123~24日(予定では25日まで) 霞沢岳南尾根
文責:近江泰吉郎
メンバー:L白石、阪本、近江

1123
天気:雨のち曇りのち雪
コースタイム:09:05沢渡-09:30発電所(登山口)-11:10発電所最上部-14:25幕営(2000m付近)

 前日は松本駅構内で眠り、この日は朝松本バスターミナル07:50発の高山行きのバスで08:55に沢渡に到着した。靴を履くなどの準備をし、出発。この時にはすでに雨は止んでいた。発電所まではコンクリートの車道を歩き、その後は葛折りの登山道を登ってゆく。葛折りの道は発電所の最上部まで続いており、最上部まで行くとうっすらと雪が積もっていた。そこから先は尾根に上がり、尾根伝いに歩いた。尾根に上がったところでは約5cmの積雪があった。風はあまり強くなかった。広い尾根であった。2000m付近で幕営適地を発見し、上部は風が強いことなど考えそこで幕営することにした。幕営地では膝下くらいまでの積雪があった。
 テントを立て、湯を沸かそうとしてコンロに火をつけた時にコンロが壊れていることが発覚した。火力が強くならなかったのである。これでは雪を溶かして水を作ることは難しいということで、この日の夜と次の日の行動水はこの日の朝汲んできた水で済ますことになった。阪本が4L上げていたことが幸いした。この時点で、次の日に下山した方が良いのではないかという話が上がった。

1124
天気:雪
コースタイム:06:15出発-08:00 2304m地点-09:35コル(2400m付近)-10:00引き返す-11:45帰幕-15:10撤収、出発-17:00発電所最上部-18:10沢渡

 朝食をとったり湯を沸かしたりしながらこの日の行動について話し合い、この日の目標は登頂して下山することであり、特にこの日中に下山することが最優先であるということになった。水作りもできず、湯もろくに沸かせない状態で雪山にいるのは危険と判断したからである。16:00に日没として、幕営地から沢渡まで3時間かかりテント撤収に1時間かかると考え、遅くとも12:00までには帰幕しようということになった。
 前夜に雪が降ったので雪が少し深くなっていた。この日の雪の深さは全体を通して膝上くらいといった感じであった。また、天気は1日を通してパラパラと雪が降り続け、強くない風が吹き続けるといったものであった。出発して少し歩くとこれまでよりも急な斜面が現れた。そこでは笹薮の中を進んでいった。笹薮の急斜面が終わっても前日歩いたものよりは急な斜面が続いた。2100m付近で帰りに迷いそうな地点があったため赤布付き竹竿を使った。2304m地点を過ぎてしばらく歩き、2400m付近の小ピークで切れ落ちている箇所があったが、ここはロープを出さずに通過した。この辺りでは風が強いためか雪は深くなかった。そして2400m付近のコルで09:30になりここで先に進むか戻るかの決断を迫られた。30分ほど話し合った挙句戻ることになった。
 コンロは壊れているとは言え火がつかないわけでは無かったので、火力が弱くても水が作れるのなら次の日もアタックしようということになった。帰幕すると取り敢えず水作りを始めた。すると、この日の晩と次の日の行動中に使う水を作るのに7時間かかることが判明したため次の日もアタックすることは現実的でないと判断し、この日のうちに下山することになった。沢渡からの最終バスが18:10発であったので15:00には出発しようということになったが、近江が準備にもたつき、出発が10分遅れた。

 下山を開始すると、夕方であるせいか前日よりも風が強かった。雪も依然として降り続けていたが、午前中よりは弱まっていた。先ほど記したように尾根が広かったのでどこを降りれば良いのかがわかりにくく、途中何度か道を間違えた。それでも木に結びつけてあるテープや地図を確認しながら下って行った。発電所最上部についた頃にはかなり暗くなっていた。結局バスには間に合った。