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2025年6月28日土曜日

20250628.29_大常木谷

20250628.29_大常木谷

参加者:沼田(4、L)、井上(1、記録)

天気:晴れ

 day 1
0630 一ノ瀬林道 入口
0830 大常木谷出合
1214 会所小屋跡
1326 宿泊地
day 2
0300 起床
0500 出発
0520 脱渓、靴履き替え
0615 登山道合流
0708-0718 禿岩 休憩
0740 前飛竜
0820-0840 熊倉山
0944 サオラ峠登山道入口 下山


1日目

当日の3時半に部室を出発し、車で一ノ瀬林道入口に向かった。事前に一ノ瀬林道崩落の情報を仕入れていたものの、崩落の状態によってはその個所を巻けるだろうという判断で、一ノ瀬林道を進んだ。(この時、当面の間通行止めという文言の重大さに気付いていなかったのだ。)入口からしばらく歩くと、軽い崩壊箇所についた。僕は、この崩落程度ならばガードレールの外から巻けるじゃんと確信し安心して進んだ。


崩落を巻いた後、不安の種が取り除かれた様な心持ちで歩いていると、The崩落というようなとてつもない崩落箇所に辿り着いた。車道自体の崩落がかなり下の方まで続いていて、これは当面の間、通行止めにもなるなと納得したし、経験も知識もない僕は打開策など思いつかないまま思考停止した。

そこで我らが先輩沼田さんが、臨機応変に地図を読み、尾根を越えて沢に下降するルートを見つけてくれたおかげで、懸垂下降を1回はさみながらも入渓することができた。この判断は今の自分では絶対にできないものであったが、これから様々なバリエーションルートに行くことを考えれば、将来的に絶対に必要になってくる技能であり、先輩に学びこのような判断ができるようになりたい。入渓した後は、比較的楽に一つ目の見所である25 m滝に着いた。

その高さに圧倒されつつも、こんな滝を登れたらなぁと妄想するのが楽しかった。大滝を少し苦労しながら巻いた後ちょっとすると二つ目の見所である山女魚淵に着いた。右側をへツることができるとはいえ、長さ8 mほどの少し不安になる淵である。もしかしたら、一般読者諸君は、8 m程度で何を不安などと言っているのか疑問に思っているかもしれない。しかし、何を隠そう僕は、自己ベストが25m自由形84秒のカナヅチなのである。遊泳能力を備え付けずに生まれてきた僕にとって、流れのある8 mの淵など恐怖の対象以外のなにものでもないのだ。まあ、こうウダウダ言っていてもしょうがないため、この日の僕は恐怖によるアドレナリン放出を感じながら、先輩より先にこの淵に突っ込んでいった。5 mほど無様に水音を立てながら泳いだところで、右壁に登れる場所をみつけ、そこからなんとかへツって淵を脱出した。いくら苦手だといっても、こういう綺麗な場所で泳ぐのは楽しかったため、また、泳ぎ沢に行きたいと思った。
この沢の見所は先ほどの滝とこの淵のみ、ここを超えた後は、何の苦も無く幕営予定地である会所小屋跡に着いた。トポに載っている標高よりも高い場所にあったが、見つけやすかった。ただ、ここに着いたのが12時過ぎと活動を終えるには早すぎたため、僕たち二人は、沢の最終地点に近く、地形図上ではある程度平そうで幕営に適していそうな地点を目標に進むことに決めた。ここから2時間ほど進み目的地に着くと、そこは期待したよりか幕営に適した場所ではなかったが、色々な場所にカムを入れながらロープを張り、なんとかツェルトを設置した。沢登りで冷え切った僕にとって、温かいツェルトはかなり快適だった。また、夜ご飯のレトルトと白米はとても美味しかった。

2日目

山男の朝は早い。前日の午後5時から、沢の水音に耳を破壊されながらの10時間睡眠を終え、午前3時に起床する。起床するとすぐに、腹ペコな男たちはモーニングの準備を始める。モーニング棒ラーメンは、正真正銘の天然水(沢の水)を贅沢に使った代物で、大変美味しかった。ところで下界で丁寧な暮らしをする人たちは、水で顔を洗って、朝からランニングをするようだが、僕らは朝から沢の水を全身に浴び、上を目指して歩き始めるのだから、一段階丁寧な暮らしと言って過言ではないと主張しておきたい。1日目で沢のほとんどを終えていた僕たちは、行動を始めて早々に沢部分を脱け、ガレ場に突入した。ここでは自分のルートファインディング、そしてガレ場を丁寧に歩く能力の無さを実感した。この体たらくでは、夏合宿で先輩の足を引っ張ることは確実なので、これからは、これらの能力の養成に努めたい。ガレ場を苦労して抜けた後は途中明らかな幕営適地で休憩を挟みながらいそいそと歩いた。

下山は、少し予定とは違う道になってしまったものの、快適な登山道を爆走し、楽しく完遂した。下山口についた後は、僕は沼田の荷物を背負って道の駅へ歩き、沼田は空荷で車までの道のり約8 kmを走った。その後、2人は無事に道の駅で合流し、車で東京に帰った。











2025年6月22日日曜日

20250622_大雲取谷

 20250622_大雲取谷

参加者:河本(3、L)、落合(2)、井上(1)、今野(1、記録)

天気:晴れ

0405 東日原バス停  
0710 入渓 
1230 雲取山下山開始 
1550 鴨沢バス停 

まだ夜の明けないうちに東日原のバス停を出発。そのあと長い林道歩きを経てようやく入渓点に到達した。時間の関係でトポの入渓点の少し上からの入渓になったが、そのせいか特筆することのない沢登りになってしまった。沢登り2回目の自分としてはまだ新鮮で楽しいものだったが、なんとロープを一回も出さないまま終了してしまったためなのか先輩たちにとってはあまり面白い沢ではなかったようだ。ただし、水深が深いところも多々あったので納涼としてはふさわしい沢であった。この山行で最も面白かったのは詰めの途中でとんでもない量の虫につかれたことである。ブヨやらハエやらのコンサートを聴き、そこにあるだけで虫に付きまとわれる腐った木の実の気持ちを味わうことができた。なんと途中から半袖で登っていた井上はブヨに20か所ほど刺されていた。詰めが終わり雲取山に到着した後は、石尾根を経由し鴨沢に無事下山することができた。最後に、今回の山行は距離の長いものであったので体力のない私は足に疲労がたまり、ずっと足の痛みに耐えながらの下山になってしまった。新入生にはなるべく早い正しい山での歩き方やパッキングの習得とトレーニングの実践を強く推奨する。
8m大滝。いたって簡単。


雲取山


2025年6月14日土曜日

20250614_つづら岩

2025_0614 つづら岩 
参加者:沼田(4、L)、河本(3)、落合(2)、鈴木(2、記録)
、井上(1、記録)、今野(1) 

 天気︰曇り後、雨 

0815 千足 
0915つづら岩  

沼田、落合、井上チーム 
0940~1040 1本目 一般ルート 
1140~1400 2本目 右クラック 

河本、鈴木、今野チーム 
0940~1040 1本目 オケラ  
1140~1315 2本目 一般ルート  
1445  下山開始 
1530  千足バス停 

 まず、武蔵五日市駅から千足までバスに乗りつづら岩へ向かった。前日の深夜に、寝ぼけながら適当にパッキングをやってしまったせいで、荷物が重かったが、何とか先輩について行くことができた。つづら岩についてからは、僕達の他には2パーティーのみと比較的空いていたため、迅速に準備を済ませ、すぐに登り始めることができた。
 
 沼田、落合、井上チーム
 1本目(一般ルート) 
落合がリードで、一般ルートを登った。難易度的には、そこまで難しくなく、今回初めてマルチピッチに参加した僕も危なげなく登りきることができたが、中間支点を回収する際、カラビナを下に落としてしまった(その後回収済み)。このミスを反省して、ヌンチャクの片側のカラビナだけでなく、カラビナは全てビレイループにかけることにした。これからも、先輩に教えを乞うなどして、このような致命的なミスを減らしたい。下りは、懸垂下降で行った。途中、空中懸垂を挟むなどしながら、スイスイ降りることができ、気持ちよかった。 

 2本目(右クラック) 
一般ルートの少し右にある右クラックというルートを登った。序盤はクラックをジャミングしながら登ると思いきや、クラックの側にはいくつもガバがあり、ジャミングの必要無しにクラックを超えた。2ピッチ目はそのまま真上に登ると思いきや、その頃からポツポツ雨が降ってきていたこともあり、リードの落合の判断で一般ルートに合流する形になった。しかし、もう片方のチームが一般ルートを登りきるまで待機していた岩棚の裏には、スズメバチの巣があった様で、30分以上周辺をスズメバチに徘徊される目にあった。岩の高度感よりも、スズメバチの方がよっぽど怖かった。
河本、鈴木、今野チーム 

 リードは全て鈴木が、リードのビレイは全て河本が行った。フォローは全て今野、河本の順に登った。 
 
1本目(一般ルート) 
1本目は比較的簡単なオケラルートを登った。鈴木はマルチピッチクライミングで初のリードデビューである。昨年秋の記録でオケラルートは崩壊している云々の記述もあったのだが、特に崩壊箇所は見当たらなかった。岩が脆いところも特段なかったと思う。1ピッチ目は、最初のステミングを駆使して登るところを越えれば、特段難しいところはない。穴は相変わらず小さかった。穴を越えて少し右にトラバースしたところが終了点。2ピッチ目は、トラバースした道を引き返して左上する。せっかくなので残置ボルトを使わず、カムやナッツを中間支点に取ろうとしたが、上手く決まらなかったので諦めた。その後は、簡単な巻道っぽいところをルートにすることもできたが、面白くないので岩を直登し、終了点から懸垂下降した。2ピッチ目を終えたあたりで小雨が降ったが、すぐに止んだ。 

 2本目(一般ルート) 少し休憩して2本目は一般ルートを登った。鈴木は一般ルートをフォローでも登ったことがなかったため、一般ルートを先に登っていた落合にルートを詳しく確認した。トポでは慰霊碑の右側が取付きとなっているが、落合がより難しい左側から登ったといい、落合班はこれから右クラックルートを登るというので、私も慰霊碑の左側から登ることにした。しかし、中々登るのに苦戦し、私が1ピッチ目の終了点に着いてフォロワーが登り始めた頃には、雨がポツポツと降ってきていた。終了点直前のトラバースは、記録で聞いていたほど怖いものではなかった。今野も私が苦戦した最初の取付き部分で悪戦苦闘し、何度かフォールした。最終的には、残置の黄色いロープを手がかりに今野のロープの最初の中間支点を取り、一度今野を地面下ろして正規の取付きから登ることになった。今年の一年生は私なんかよりジムによく通っており、そこそこ実力があるものと感じていたが、雨でグリップが利きにくくなっていたこともあったようだった。2ピッチ目は、最後が核心だが、慎重に行けばまぁ大丈夫だろう。今度は振分懸垂で下降したが、ロープ回収時に末端のノットを解き忘れてしまった。巻道があったので助かったが、登り返しになっていればかなり大変だった。

時間的には左ルートも登れたが、雨足が強まってきたので下山することにした。 千足バス停へ下山したところ、次のバスが来るまで時間がかなりあったので、やはり進めるところまで歩くことになった。昨年は畔荷田まで歩き、これをTUSACレコードとしたのだが、今年は、帰路が車のほうが都合が良かった落合、鈴木、井上の3人が沼田さんの車に乗せていただくことになり、十里木まで歩いた。河本さんと今野は電車で帰ることになったが、河本さんが畔荷田バス停でバスに乗ることができたのに対し、今野は時間をよく確認しなかった結果、バスを逃し、結局千足から武蔵五日市駅までの約10kmの道のりを歩き通すことになった。途中沼田さんが車で駅まで送ることも提案したが、歩くとのことだった。河本さんが「時間的に走ったほうが良い」と言っていたにもかかわらず、自分で時間等を確認することを怠り、車組のペースで歩いていた今野自身に少なからず原因があるが、一応TUSACレコードを更新したものとしたい。今野の単独記録を破るものが今後現れるか、期待したい。もっとも、往路については、沼田さんが無料駐車場のある十里木から千足までを歩き、鈴木が武蔵五日市駅からバスに乗って畔荷田で降りて千足まで歩き、そのほかの者は千足までバスに乗って来たことを付言しておく。

2025年6月1日日曜日

20250601_キュウハ沢

    20250601_キュウハ沢

参加者:沼田(4, L)、落合(2)、井上(1)、今野(1・記録)

天気:曇り

0500 start 駐車場
0550 入渓
1230 丹沢山
1505 下山

初夏、TUSACの沢登りシーズンが開幕する中で丹沢のキュウハ沢に行ってきた。

夜明け過ぎに塩水橋に到着し、1時間弱歩き入渓。前日に雨が降っていたため増水する中で沢登り開始。自分にとってはこれが沢デビューであったが、慣れないながらもほぼヌメっている足場と水と格闘しながらなんとか10 mほどの滝まで到着した。(ここまでの道中で一回足を滑らせ5 mぐらい落ちてしまった。ヘルメットを被っていたおかげで奇跡的に無傷。)

少し登ると戦時中の戦闘機のエンジンを発見。

ここではロープを出してもらい直登した。登っている途中持っていたホールドが悉く崩れ途方に暮れていたところ、沼田さんの「左に行け」という助言のおかげでなんとか突破することができた。なお視界が悪くエイトノットを結ぶのに戸惑ったため、見なくてもエイトノットができるように練習する必要性を感じた。

滝 水多め
                
そこからは高巻き+懸垂下降を交えながら2, 3回ロープを出してもらい滝を直登し、ガレ場に到着。ガレ場からの詰めは急斜面で大変だったが、なんとか 12時過ぎには丹沢山に到着。寒かったが、初めてながらも非常に楽しい沢登りができた。

無事に登攀。

なお、ここで沢装備を解くと今まで見たことのない量のヒルが付着していて最悪だった。鬱陶しくなって噛み殺そうとしたところ、井上から「ヒルには寄生虫がついているかもしれない」と言われ我に帰り沼田さんのスプレーを借りながら1時間ほどずっと石でヒルを潰していた。

下山後には沼田さんお気に入りのオギノパンさんに行き軽食。ここの揚げパンは大変美味しかったので是非一度訪れて食べてみることを強く推奨する。

毎度のこと車を出してくれる沼田さんに感謝すると同時に、自分も今後免許を取らないと行けないことに気づいた。来年は運転が得意な新入生が奇跡的に入ってくれることを願うばかりである。