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2025年12月27日土曜日

20251227-31_年末山行@八ヶ岳

   20251227-31_年末山行@八ヶ岳

メンバー:沼田(4)、河本(3)、落合(2)、鈴木(2)、井上(1)、孫(1)

27日 タイトル2時間睡眠14時間行動
天気:晴れ
メンバー:落合、井上
0:40小淵沢駅
5:00美濃戸
7:30行者小屋8:30
10:00赤岳
12:00横岳
13:40硫黄岳
15:40行者小屋

この日、落合さんと僕の2人は終電で小淵沢に向かった。小淵沢からは、美濃戸口までの地獄の20km歩行が始まった。2人は地味にアイスバーンになっているせいで歩きづらい道路をほとんど眠ったように意識が飛びながら3時間程歩いた。そこでタクシー代をケチった我々に天使が舞い降りた。なんと、7度目にして井上が必死で行っていたヒッチハイクが成功したのだ。ヒッチハイクをしてくれた方は、広河原でアイスをする予定だったのにも関わらず、美濃戸まで我々を送って下さった。本当にありがとうございました。

そんなこんなで2時間程の歩行をカットした我々であったが、まだまだ行者小屋までの道のりは遠い。そこからは眠過ぎて、1時間に1回取る休憩毎に10分の爆睡をかましていた。普通に寒い中爆睡してしまうのは危ないので、皆さんはしっかりタクシー代をケチらずに睡眠を取りましょう。美濃戸から2時間半ほどして行者小屋に着いた後は、張ったテントに荷物を置き、文三郎新道から赤岳に向かった。ここからこの日のメイン登山が始まる訳だが、ここまで既に7時間が経過している(絶望)。それまでは、長い宿泊用の重い荷物を担いでいたものの、ここからはかなり軽い荷物でスイスイ進めるようになった。ここら辺からは体温が上がってきて僕の眠気は大分抜けてきたが、落合さんはそんな事は無かったらしく、かなり眠そうだった。僕は、この周遊が初めての冬季岩稜歩行だったが、中々上手くでき、赤岳周りの八ヶ岳概念を把握できた。赤岳、横岳硫黄岳を通って行者小屋に帰ってきたあとは、小屋の人から水場を教えて貰ったりしながら、河本さんを待った。河本さんが着いてからは、チャーハンを食べてぐっすり寝たとさ。

眠いねぇ


 28日

天気:晴れ
メンバー:河本(記録)、落合、井上

0530行者小屋
0800阿弥陀岳
9300行者小屋

私は27日の夜行者小屋で二人と合流してこの日は阿弥陀岳北稜の登攀。二人は小淵沢から行者小屋まで歩いて行くことを試みたために疲れている様子だった。テント場を出て少し中岳沢を登り、右側の斜面から取り付く。ラッセルが好きな落合とそうでもない井上の会話が少し噛み合わないのが面白かった。最初はトレースがなかったが、北稜に乗るとはっきりしたトレースが現れてすぐに岩稜についた。落合リードで二ピッチロープを出してすぐに山頂に出られた。中岳沢から行者小屋に下り、余った時間は本を読んだりして過ごした。



 29日
天気:晴れ
メンバー:全員
記録:落合

0540 行者小屋
0630 南沢小滝 1445
1445 行者小屋

この日は南沢大滝小滝でアイスの練習。行者組の方が先に到着したので小滝でTR練習をしていたら入山組が来た。小滝で何本か練習している間に入山組が沼田さんリードで大滝にロープをかけに行ってくれた。アイス初の井上があまり苦戦していなかったので井上すげぇと思ったが、井上のダートを借りたらアイスクライミングの概念が180度変わった。それまでは手でぶら下りながら一生懸垂している感じだったし皆必死にぶら下がっているもんなんだと思っていたが、ダートを履くとハシゴの要領で登れる気がしたし、上手い人のを見てると凄いちゃんと足で立っている。頑張って金貯めて買おう。しばらくして大滝に移動し、TRで練習して行者小屋に帰った。夕飯は焼豚だったけ、QOLが高い。こんなんでいいのかと思ってしまうが、重いもんもって行者まで登ってるんだからいいことにしよう。



 30日

 阿弥陀岳北稜班
メンバー:河本(CL)、鈴木(SL・記録)、孫

6:00 行者小屋発
7:00 取付き
8:30 阿弥陀岳山頂
10:00 行者小屋着

計画では、31日に河本・孫が下山予定だったため、先に主稜に行く予定だったが、前日の予報で天候が30、31日ともに悪かったため、ひとまず30日は北稜に行くことになった。
予定から30分遅れて出発。文三郎道から取付きへ外れるところは河本さんがあえて28日と違う薄いトレースをたどった。取付きまでは遅いメンバーに合わせてスローペース。記録で見ていたよりも取付きまでロープを出すような箇所はなかった。取付き手前で傾斜が強くなっているところはアックスがあると安心。先行者はおらず、恐らく1番乗り。すぐ終わるのでのんびりしようかと思っていたが、下から1パーティーが来たので、さっさと準備をして登る。1p目は記録通りテラスで切った。2p目は、灌木にかけられた残置ロープを中間支点に取り、ナイフリッジを越えた適当なところでスタンディングアックスビレイ。主稜に備えて声ではなくロープで合図をする方式にしたため、若干もたつきはあったが、フォローも順調に登れていた。2p目終了点でロープをまとめ、山頂へ。山頂へ出た途端強い風が吹きつけてきた。電波を探すのに少々手間取ったが、何とか天気予報を入手して下山。風が強かったので中岳沢は利用せず、主稜の偵察も兼ねて文三郎道で下りた。赤岳山頂へは寄らず、主稜取付きも結局風が強くて視界も悪いので確認しなかった。

阿弥陀岳山頂にて

行者小屋に戻ってきた後、時間があるのでラッセル訓練とコンテニュアスの練習をすることにした。ラッセル訓練は、孫さんが赤岳鉱泉のアイスキャンディを見たいというので、行者から鉱泉まで往復でトレースのないところを適当に歩くことにした。正直全く練習にならないミニミニラッセルだったが、楽しかった。戻ってきてからコンテの練習、孫さんたちにコンテの仕組みを説明し、テントすぐそばの斜面で止める練習をした。斜面の関係で距離を空けられなかったこともあるだろうが、滑落者を止めるのは技術がいると感じた。教本通り、迷ったらスタカットにした方がいいのだろう。14時過ぎには訓練を終わりにしてテントへ。テント割りはGライトに河本・孫、V6に沼田・落合・鈴木・井上だったので、私はしばらくV6テントを独占できるはずだったが、30分後くらいに3人が帰ってきてしまったのでできなかった。帰幕後の訓練をもっと早々に切り上げておけば良かったかも。。。
全員が帰ってからは、明日の行動について話し合った。最初、河本さん(とそれに釣られた孫さん)が主稜に行かずに下山して甲斐駒に行きたいと主張していたが、その他4名の懸命な説得と見えざる力で主稜に行くことが決まった。この日の夜は伊藤ハムの焼豚。値段は高いが下準備は要らず、美味しかったので良かった。

 三叉峰・石尊稜班
メンバー:沼田(CL)、落合(SL)、井上(記録)

この日は、三叉峰ルンゼから石尊稜を詰めあげた。三叉峰ルンゼの取り付きまでも、意外と難しく、自分は1箇所沢の分岐に気づかなかったため反省したい。また、取り付き地点の滝がかなり小さくそれと分からなかったため、1度隣のルンゼに入ってしまった。1ピッチの滝では、そして他の全ての滝で熟達した沼田さんが、リードをしてくれた。僕が1ピッチ目に取り付こうとした時、落合さんのアックスがカラビナから外れて落としてきてしまったことに気づいた。結局は、5分ほどで見つかったようだが、少し心配だった。落合さんがアックスを探している間に僕は早々と1ピッチ目を済ませたが、落合さんはかなり苦戦していたようである。2ピッチ目、3ピッチ目等も僕はノーテンでクリアすることができ、かなり楽しかった。石尊稜に着いてからは、落合さんが2ピッチともリードをしてくれた。こちらもかなり簡単で難なくクリアできた。ここまで、寒い中アイスクライミングや岩稜登攀をしてきた訳だが、下りは寒いのが嫌なので地蔵尾根から速攻下りた。

迷い込んだ隣のルンゼを降りる

最初の滝



 31日

 赤岳主稜班
メンバー:河本(CL)、鈴木(SL・記録)、孫

6:00 行者小屋発
7:00 取付き
10:30 赤岳山頂
11:30 行者小屋着

この日も30分遅れて出発。孫さんは素早い準備を心がけましょう。CSの取付きまでは何人か抜かしたが、登攀装備を持っているようなパーティーはいなかった。恐らくこの日も1番。鈴木が今年4月に主稜を登っていたので、この日もリードを務めた(フォローとはいえ取付きがCSであることもCSが何であるかも知らないのはさすがにリサーチ不足なのでちゃんと調べましょう)。
1p目のCSは直登したが、以前登ったときより易しく感じた。自分の成長なのか、ただコンディションがいいだけなのか。その後も、おおむねトポ通りに進み、2回のスタカットを経て上部の岩場基部へ。最後の核心部である上部の岩場は右側に回り込んだところにある残置でビレイをしてもらい、登ってトラバースして登って左側のCSぽいところを登った。右に進みすぎると難しいのではないかと感じる。パーティー構成的にも頼れる人がおらず不安はかなりあったが、上部で風が強かったことを除けば、視界も良好で全体的にコンディションが良く、簡単なルート取りで登れたと思う。ただ、雪に埋もれているのか残置支点が少なかったり、残置ロープの支点にかかっている部分が擦り切れていたりした。カムも何回か使ったが、上部は岩が顕著に脆かったのでほとんど使えなかった。下りは提案通り地蔵尾根を使った。文三郎より早かったと思う。

一般道が見えるのでこちらもなぜか緊張

帰幕後は、河本・孫はGライトなどを撤収し、甲斐駒に向けて下山。鈴木は1時間ほど3人の帰りをテントで待った。


 31日 大同心ルンゼ 班:沼田(CL),落合(SL),井上

0550 行者小屋
0610 大同心沢(大同心ルンゼ)分岐)
0650 大同心大滝
1040 大同心
1240 横岳
1340 地蔵の頭
1357 行者小屋,幕営装備撤収 1511(沼田は軽い装備で先行して車を回収)
1640 八ヶ岳山荘
1727 船山十字路,車回収,八ヶ岳山荘へ移動

大同心大滝は下部から垂直で、南沢大滝よりも難しかった。腕が持たずアックステンションを多用してしまった。低気温で氷が脆く、アックスを打ったときのヒビが腹の高さまで来たときはかなり肝が冷えた。すぐにスクリューを打って、左にずれて登った。大同心に出てからは簡単な凹角を登って尾根に合流した。TRでドライツーリング的な練習ができたのは有意義だった。風が強く寒すぎたので、天気が良いときに再訪したい。

大同心ルンゼはいきなり大滝から


大同心も登ろうと思っていたが普通に怖いし、風が強くて寒過ぎるので、夏に一度やってから登ることにした


代わりに右にある凹角で遊んだ



山荘のフリースペースで大晦日飯(鈴木の鍋うどん,年越しそば,あとなんだっけ)を食べながら,翌日以降の行動を相談


2025年12月18日木曜日

20251217-18 八ヶ岳 広河原沢 クリスマスルンゼ,見晴らしルンゼ

        20251217-18 八ヶ岳 広河原沢 クリスマスルンゼ,見晴らしルンゼ

メンバー:沼田(4,L),落合(2),鈴木(2)
天気:
day 1 晴れ,day 1夕方から未明にかけて降雪
day 2 快晴

ヤマレコ

Couse Time:
 day 1
0330 船山十字路 駐車場,仮眠
0540 登山開始
0640 二俣,テント設営,幕営装備デポ
0919 クリスマスルンゼ TP練習 to 1629
1723 二俣

 day 2
0400 起床
0548 出発
0922 見晴らしルンゼ大滝 TP練習 to 1141
1340 阿弥陀岳 to 1357
1533 二俣,幕営装備回収,撤収
1652 下山

記録:落合
day1
平日なのに二股までの間にテントを数張り見た。暇人が多いらしい。二股は雪が少なかったが、快適な場所があってよかった。テントを張ったらポールが1本なくてチーン。主にというより完全に被害にあったのは沼田さんだっ
た。ポールはといえば1年井上の家にちゃんとあった。故意か過失か、我々は井上に恨まれるような先輩だったということなのか、だったら悲しい。1時間くらい歩いてクリスマスルンゼに行く。沼田さんがリードでTRを張ってくれて大滝でひたすらバーティカルの練習をする。前日、クライミングジムに行っていなかったので、腕はかなり元気で、TRならちゃんと腕の力で登れた。ただ、この登り方じゃリードはできない。とりあえず足で立っている感覚はないのである。むずい。ポストクリスマスルンゼや武者返しの滝にも行く予定だったが、何本か練習していたら日が暮れそうになってきたので、アバラコフ懸垂で降りた。この日は、マルチピッチで全員が滝上まで登るのにかなり時間がかかったので、翌日は3ルンゼに行く予定だったが安全牌をとって見晴らしルンゼに行くことにした。

アバラコフ



上段のバーティカル

day2
広河原沢左俣を進んでいくと右岸に超快そうな岩穴があった。天気が悪い時はここもあり。水ぽちゃに注意しながらいくつか小滝を越えていくと直ぐに右岸から見晴らしルンゼが合流した。こちらも小滝をいくつか越えたところで15 m くらいの傾斜のある滝が出てきたので、時間もあったことからTRで遊んだ。沼田さんに氷柱を登る時のムーブを教わり、必死に登った。滝を登ると特に何もなく、テキトーにラッセルして御小屋おねに出たあとは、ガッチガチに踏み固められた道をテキトーに登って阿弥陀山頂へ。下りは中央稜からダイレクトに二股まで降りた。中央稜は岩峰を巻く箇所が2つほどあったが、特にロープを出す必要もなかった。積雪が増えれば知らんが。

水ぽちゃ注意

ここはノーロープで、脹脛が辛い

ここでTRで遊んだ



2025年12月13日土曜日

20251213.14_初冬合宿(谷川岳西黒尾根)


20251213.14_初冬合宿(谷川岳西黒尾根)

メンバー:河本(3・L)、落合(2)、鈴木(2)、井上(1・記録)、孫 (1)

1日目:晴れ

0940 ロープウェイ駅
1130 幕営地(1300 m)、2年が設営の間、3 人が雪崩捜索訓練
1315 幕営地出発
1435 1700 m 付近で引き返し
1530 幕営地着、訓練開始(弱層テスト、硬度チェック、埋没体験)
1630 訓練終了

9時半過ぎに、土合を出発した我々は、去年より雪が少ないねなんていう会話をしながら車道を10 分ほど進み、西黒尾根に取り付きました。そこから大体1300 mくらいの幕営地までは、冬山が初めての孫さんが遅れてはいたものの、他の登山客の方の踏み跡が明瞭でラッセルの必要が全くなかったため、割と順調に進みました。幕営地に着いてからは、落合さん鈴木さんがテントの準備をし、その他の3 人で雪崩捜索訓練をしました。訓練では、あまりはっきりとしないシグナルに振り回されてしまい、大幅な時間ロスを食らってしまいました。これからは、一瞬で消える65 mシグナルに振り回されまいと決意をかためました。訓練が一段落し、我々は予定より遅めに幕営地を出発し、谷川岳に向かいました。しかし、急な尾根の登りに疲弊した孫さんの状況を鑑み、暗くなったなかでの下山の危険性も考慮した上で、尾根の途中で写真を撮った後に撤退を決定しました。恐らく分隊をすれば容易に登頂できるだろうという会話はあったものの、安易な分隊は危険だという判断を下しました。撤退も終わり、幕営地に帰ったあとは、余った時間で埋没体験と弱層テストをしました。弱層テストでは、深さ50 cmくらいのところに新雪と旧雪の間にある弱層を発見したものの、超弱い訳では無いだろう等の話し合いを行いました。その後は孫さんと僕が合法的に雪に埋められる埋没訓練をしました。段々雪に埋められていく感覚は割とホラーで顔に雪が落ちてくる時は、結構怖かったです。完全に埋没すると、体を動かすことは叶わず、エアーポケットを作っていても息が荒くなりました。一方、自分が掘り起こされた後、孫さんを埋めるのは割と楽しかったのは内緒。訓練が終わったあとはみんなでスープカレーを食べました。本当はカレーを食べる予定だったのですが、水を入れすぎただけです。5 人で入るV6は狭かったですが、割と快適に寝れました(with新品のエアマット)。





2日目:曇り

0515 起床
0715 ラッセル練習開始
0820 終了
0900 雪崩捜索開始
1200 終了、下山
1320 ロープウェイ駅


この日は、ラッセル練習と雪崩捜索をやりました。ラッセルでは、飯豊で苦戦した忍法膝固めを本格的習得し、少しラッセルが上達したかなと思いましたが、落合さんと鈴木さんの爆速ラッセルには全く追いつけませんでした。ラッセルで疲れたあとは少し休憩した後、雪崩捜索を行いました(合計3 時間)。学びとしては、ファインサーチの大切さや、ビーコンがやたら謎のシグナルを拾うこと、他にもアナログビーコンは端に配置しない方が良いということや、受信モードだと電池の減りがかなり増えること等がありました。た。ただ、鈴木さんが明らかにシグナルを拾えないほどに遠い場所に、ビーコンを隠したお陰で、1 時間程浪費したのは納得できません。最後に複数埋没に15 分かからず対処できるまでに精度を上げたことも付言しておきます。下山は行きと違って、1時間ほどで終わり、道中では三国岳の激藪漕ぎを思い出しながら、薮のやの字もない尾根をルンルンで下りましたとさ。

2025年12月7日日曜日

20251207_子持山獅子岩ノーマルルート

 20251207_子持山獅子岩ノーマルルート

メンバー:落合(2・L)、井上(1)、今野(1・記録)

天気:快晴
0810:7合橋駐車場
0910:取付
1330:トップアウト
1440:7合橋駐車場

2025年最終月たる師走の初週末、我々が行先に選んだのは群馬の子持山獅子岩であった。道中は大量の落ち葉に加え微妙に雪が見えあまり快いアプローチといえなかったが、取り付きについた際の獅子岩の圧巻の光景をみてネガティブな気持ちは吹っ飛んだ。1p目は今野がリード。初めてのマルチのリードだったからかとにかく怖くとんでもない時間を要してしまったが、なんとかフォールせずに予定地点でピッチを切ることができた。2p目は井上がリード。こちらもマルチは初めてのリードだったが危なげなく終えていた。3・4p目は落合さんがリード。4p目は最後のスラブがなかなか難しい。これまでの終了点は居心地があまり良くなかったが、4p目を終えると広く、一般登山道のはしごも見えている。最後の明らかに短い5p目は今野がリベンジリード。登攀中は陽がずっと当たっていたので春のように暖かく冬とは思えない快適なクライミングができた。帰りはシャトレーゼに寄った。安くておいしかったので改めておすすめ。

これが獅子岩

井上リード

今野リード


2025年11月25日火曜日

20251121-25_飯豊主稜線縦走

 20251121-25_飯豊主稜線縦走

メンバー:L沼田(4,写真)、落合(2)、井上(1)

世間は駒場祭、我々は飯豊に行ってきました。ラッセルと、藪と、それらのハイブリットで思うように進めなかったりはしましたが、雪上訓練や冬山シーズンに向けての良い準備になったと思います。いい下見ができたので、今度は厳冬期に飯豊とじっくり向き合いたいです。


コースタイム
11/21
0900 
東俣林道ゲート
1040 
尾根取り付き
1240 
カモス峰
1500 幕営地(千本峰手前 標高1050 m付近)

11/22
0715 
幕営地発
1310 
朳差岳
1315 
朳刺小屋 1345
1730 
頼母木小屋

11/23
0600 
頼母木小屋
0635 
頼母木山
0740 
地神山
0920 
門内岳
1030 
北俣岳
1205 
烏帽子岳
1505 
御西避難小屋

11/24
0545 
御西小屋
0710 
飯豊山
0925 
切合小屋
1205 
三国避難小屋

11/25
0540 
三国避難小屋
0555 
松ノ木尾根分岐
0855 1150 m 
松ノ木尾根屈曲点
1115 
タカツコ沢出会い
1400 
いいでのゆ


11/21
天気:雨
記録:落合

直近1週間で2度の冬型が決まり、酸ヶ湯温泉では1日に1 m以上積もったというニュースも聞いていたので、積雪量に関して期待をもって臨んだ。11月に入ったくらいの時点では標高800 mくらいから積雪が出てくるだろうという想定だったが、予想に反して尾根取り付き(標高350 m)から積雪があった。ちなみに、尾根取り付きまでの2時間くらいの林道歩きに3回軽めの渡渉があり、沼田さんはそこで靴を濡らした。取り付きから少し登り、標高450 mで井上に現在位置確認させたら750 mと返ってきておぉぉ?と思ったりしたが、井上の読図は今山行の終わりの方にはよくなっていったはず。その後、標高750 mでワカンを履いた。以降はずっと膝下程度のズボり。途中、テンに追われた白ウサギが兎の形相で駆け下って行った。テンは我々に慄いて引き返し、白ウサギは助かった。カモス峰手前辺りから眠気を訴える井上のペースが上がらなくなったので井上の食糧やらを上級生で持ったが、それでもペースが上がらない。低体温症を疑ったので、食べさせてから先頭を歩かせてポカポカにさせる手を打ったりしたが、少しの間は元気になっても直ぐに元に戻ってしまう。次第に日没までに朳差小屋に着けないことが確実になってきたため、標高1050 mの細尾根を整地してテントを張った。この日は、標高の低い所ではずっと雨だったので全身びしょ濡れだったが、防水袋に入れた寝袋が使う前から濡れていたことには初日からだいぶ萎えさせられた。

 

11/22

天気:雪のち晴れ

記録:落合

夜の間、雨のような雪が降り続き、全てのものを濡れさせた。テントにも積もっていたので、夜間何回かテントの内側から払い落としたりしたが、朝になって見てみたら雪でテントが変形していた。この日は前日の遅れを取り戻すべく門内小屋を目指したが、湿雪の重雪ラッセルに阻まれて頼母木小屋までしか行けなかった。

この日は最初から膝上~腰下程度のラッセルが続くし、よくズボる。まだ積雪量が多いわけではないので、灌木漕ぎとのハイブリットラッセルを食らう。朳差岳の手前でクラストするまでラッセルが続いた。前朳差岳で気がついたら出発から5時間経っていたが、その間ラッセルに夢中になりすぎて何も口に入れていなかったら、見事にハンガーノックを食らった。朳差小屋でシャリバテに気がついてから色々食べたが、一度シャリバテると中々回復しないので面倒くさくても食べるようにする。

朳差岳からもクラストして快適に歩けると思われたが、太陽で温められた雪が腐っていたりして、こちらも股までズボるような所が続き、思うように進めなかった。この日は自分がシャリバテして、終盤、先頭でのズボり役に回る回数が少なくなってしまい迷惑をかけてしまった。まぁ、2年生にもなって何やっているんだというレベルの話ではあるので猛省である。食べずに無限に行動できるのが1番いいんですけどね。


沼田が先行して小屋を目指していたときに撮影した後続の2人.スマホカメラのズーム機能は滅多に使わなかったが,なかなか侮れない.

日没と小屋着の時間勝負になった.沼田はぎりぎりヘッデンなしで到着した.


11/23 day 3

天気:曇り,晴れ    稜線上は風強い

記録:沼田

 天気は5日間のうちで最もよかったが,相変わらず風が強い.稜線歩きになり一番おいしい日になったと思う.風が強く標高も上がってきたからか,クラストしているところが多くなり,夏道CTくらいで歩けるようになってきた.さくさく進んで計画に追いついた.このペースで歩ければ4日目で下山できるかという期待が高まっていた.落合のペミカン味噌鍋がうまい.

 自分の担当食料はペミカンカレーとパスタだったが,家に余っていた何味かわからない粉末調味料とプチっと鍋 1つを使いたくてカレー粉を持参しなかったが,味が薄くラード味のペミカンになってしまった.おいしくないわけではないが,今一つ物足りない感じ.次回はカレーにしよう.パスタは冬に作ると茹でるときの温度が低くなるせいか,触感がモチモチしなくてイマイチ.袋麺と焼きそばのがおいしく食べられるかも.


稜線がずっと続いていてすばらしい.奥に御西岳避難小屋が見える.

大日岳の裏に沈む太陽


11/24 day 4

天気:曇り,晴れ    稜線上は風強い

記録:沼田

 日の出前に出発したが霧が深くて視界が悪かった.卸西岳を越えてから下手な軌跡になってしまった.12:00までに三国岳に着ければ今日中に下山しようと話していたが,井上のペースが徐々に落ち,他2人のワカンが壊れるというトラブル発生.到着は12:03という具合だったが,片足ワカンだとペースが落ちるのでここで幕営に変更.何が起こるかわからんな.ワカンの紐が切れた(縫い目がの糸がちぎれた)ので,捨て縄で代用して使えるようにした.結局計画通りの5日間か.夕飯の焼きそばがうまい.


暗くて霧で視界は数mしかない…尾根が広いので羅針盤とGPSを頼りに歩くが,何も見ないと真っすぐ歩くのが意外と難しい.

本山行最高峰の飯豊山頂

雪庇はないので怖くはない


11/25 day 5

天気:雪・雨のち曇り

記録:井上

 飯豊主脈縦走は一年生の僕にとっては、とても辛く、そして困難を伴うものだった。そんな縦走もこの日で終わり。あとは下山だけということで、少し安心したような気持ちで泊地を出発した。三国岳の南東尾根は最上部から謎の低木が、凄い密度で生えており、厳冬期では考えられない灌木漕ぎが沢に降りきるまでずっっと続き、僕たちは(特に僕)木に荷物が引っかかって動けなくなったり、木に足を取られて転んだりしまくった。それまでの四日間で、雪に足を取られまくったこともあり、雪に辟易していたが、この日のせいで雪は荷物に引っかからないだけマシだなんて考えるようになってしまった。尾根下りも中盤を過ぎると、アドバイスをもらいながら読図の練習をするということで僕が先頭を任された。バリエーションルート上で読図をするのは初めてであったが、先輩たちに色々教えていただいたことでそこそこ読図が上達した感じがした(先輩に感謝)。僕が見事正解の尾根を引き当て沢に降りた後は、沢を2回ほど渡渉し、登山道に移動した。そこまででも中々に疲れていたが、渡渉中に滑って全身を濡らしてしまったのは、僕の精神を完全にへし折った(泣きっ面に蜂)。渡渉前に、沢に落ちれば、温泉がよりいっそう気持ちよくなるねなどと落合さんと会話していたのが悪かったのだろうか、、、(1級フラグ建築士)。登山道はそこそこに、車道に出た僕たちは、3人それぞれが自分のペースで歩きはじめた。序盤は3人で歩調を揃えていたものの、靴擦れがひどく、体力も残っていなかった僕は、最終的には一番後ろで一人トボトボあるいた。足が死ぬほど痛かった僕は、1000歩をすぎたらキリのいいところで少し休むという自分ルールを打ち立て、頑張って歩いたものの、2回目の休憩が終わった頃には足の痛みが悪化しほとんど歩けなくなった。僕が歩けなくなった場所は、最終目的地であるいいでの湯から歩いて5分くらいの所だったらしく、今考えるとそこまで歩けば良かった。そんな場所でかたつむりの様な歩みで進んでいた僕だったが、そこに早めについていた沼田さんが車で迎えに来てくれた。割とガチ目に絶望していたところに来てくれたこともあり、これからも沼田さんを崇めていきたいなとおもった。今山行の結論としては、靴擦れで足が大変なことになったり、初めての雪山で疲労困憊になったり、極めつけには、帰りの道中や温泉で手の上をマダニに這われるというかなり過酷な山行ではあったが、初めて尽くしで刺激たっぷりで最高の山行であったとさせていただきたい。




下山は南東尾根から.猛烈な藪植生で,厳冬期の積雪が多い時期しかおすすめできない.実際,次写真の沢出合まで5時間くらいかかった.

正解の尾根を引いて沢出合に降りられた




 

2025年11月10日月曜日

20251109-10_日光表連山(&日光国立公園マウンテンランニング大会)

  20251109-10_日光表連山(&日光国立公園マウンテンランニング大会)

メンバー:沼田(4・CL)、鈴木(2・SL・記録)、落合(2)、今野(1)

1日目:曇り時々雨
6:40 霧降高原
12:00 女峰山
14:30 小真名子山
15:50 大真名子山
16:55 志津小屋

2日目:曇りのち晴れ
03:30 志津小屋
05:40 男体山
07:55 中禅寺温泉バス停

昨年同様、今年も日本山岳会学生部を通じて日光国立公園マウンテンランニング大会のお誘いがあり、今年はボランティアのお誘いもあった。そこで、ウルトラコースのランナーとして主将の河本さんが、ボランティアとして鈴木が参加することになった。ウルトラのボランティアは日曜朝に現地解散とのことで、せっかくなら日光の山も登ってみようと思い、今回の日光表連山縦走を計画した。沼田さんと今野、そしてランナーで参加する予定だったのに申込を忘れていた落合の参加が決まった。

1日目
最近、若者の人気が高まっているという霧降高原。ボランティアとしてP3駐車場に誘導したであろう方々とすれ違い、小丸山展望台へ1,445段の階段を登る。登り切る頃には雲行きが怪しくなり、ポツポツと降りはじめる。分岐で丸山に行くかという話になり、最初はやや消極的な雰囲気があったものの、せっかくだしということで丸山へ。ランナーの妨げにならないよう配慮しながら登っていくと、ふと前を行くランナーに見覚えがあることに気づく。

「河本さん!?」

なんと、我々のすぐ前を登っていたのは主将の河本さんだった。前日のスタート前は、時間的に霧降で会うのは厳しいかもという話をしていただけに、まさかの邂逅に感激。そのまま一緒に丸山山頂まで同行し、素早く集合写真を撮って送り出した。丸山に寄って良かった。

スタート前にパシャリ。
邂逅。この後、13時間12分でフィニッシュします。
河本さんふうに言えば、「次は貴方の挑戦をお待ちしています🫵🫵🫵」

縦走メンバーは一時の興奮冷めやらぬまま分岐に戻り、女峰山方面へ。今回は比較的易しい部類の山行だったので、読図もみっちりやろうとあらかじめ目星をつけておいたポイントで今野に読図クイズを出した。結果はご想像のとおり。分かりやすいところだったのですが、読図山行を計画したほうが良いかもしれません。

「ここどこでしょう!」
「………」
〜数分経過〜
「ここっすか?」
「ん、どこ?」
「ここです」
「全然違う😞」
今後の成長に期待です。

続いて、事前に入手した情報を頼りに、一里ヶ曽根独標先の分岐のモアイ像と十一面観音像なるものにも立ち寄った。記録にあったアプローチが微妙だと思われたので、登れそうなモアイ像側の岩から取りつくことにし、沼田さんが先陣を切ったが、登った先は何もない。やはり十一面観音像側の岩を登らないといけなかったようだ。今回は我々のリサーチ不足。時間切れで泣く泣く十一面観音像は断念した。

女峰山の先の馬の背渡りは、意外にあっさりしており、積雪状況次第ではとアイゼンも装備に加えていたが、結局使わなかった。山頂では、赤薙あたりから体調が悪いという今野の荷物を沼田さんと落合が分担し、ペースも調整することにした。十一面観音像にも寄ったことで、この時点で当初の行動計画に遅れが生じており、太郎山はひとまず明日に持ち越しとなった。

確かに馬の背みたいです。

その後はアップダウンの繰り返し。落ち着いていた雨風もしだいに強まり、富士見峠では徳川家の財宝にまつわる小ネタを話しそびれたり、大真名子山では北西70m先にあるという三角点も行きそびれたりとしだいに余裕がなくなっていく。日没までに志津小屋にたどりつけるか気を揉む展開となり、最終的に日没ギリギリで小屋に到着したときは全身びしょびしょだった。幸い、小屋にはほかの利用客がいなかったので、濡れた衣服を干しながらのびのびと使わせていただいた。

食事は各自が持ってくる形としたが、夕食がフルグラ数百グラムと抹茶オレだけという鈴木を見かねた沼田さんが、尾西のご飯を恵んでくださった(決してせびってはおりません)。落合も最初はフルグラとココアだけだったので、やはり同じことを考えるもんなんだなと嬉しかったが、食べ終わったと思ったらカレーメシなんてものを出してきたので寂寥を感じるのであった。

明日18時には本郷に戻ってウォール講習会の準備をしなければならなかったため、太郎山はカットすることを決め、この日は就寝。

2日目
某部員、何度目の靴紐の待ち時間か。3時30分を少々オーバーして小屋を出発。もちろん、小屋は来たときよりも美しく。

男体山については、事前事後の電話で二荒山神社中宮祠に色々と確認した上で、記述を省略。

男体山へは倒木を巻いたり直登を避けたりで踏み跡が様々なところを登る。稜線に出ると風が強く、男体山の山頂に着いたところでさすがに手袋を着用した。山頂では、毎時00分の画像がウェブサイトで公開されるということで、休憩がてら20分ほど時間を潰した。太郎山神社に足を伸ばしたりあれこれ見たりしているとあっという間に6時00分が近づき、急いで準備。59分から01分までカメラ前で待機し、無事、山頂カメラ「大国乃目」に収まった。鈴木以外の恥ずかしがり屋さんはポーズを取らなかったよう。

下山は男体山の開門時間である午前8時目標だったが、途中で何人かの登山者とすれ違う。おかしいなと思って調べ直すと開門は午前6時でした。すみません。
当初は中宮祠方面へ下山し、その後華厳の滝観光も兼ねて中宮寺温泉バス停まで歩く予定だったが、一度林道に出て再び登山道に合流する2合目で、このまま林道を進めば中宮寺温泉バス停に抜けることが分かり、急遽方向転換。中宮祠を通っていないので登拝料も納める機会はなかったわけですが、どうなんでしょう。グレーと言われればグレーなので、今度中宮祠から登る機会にしっかり奉納します。九十九の林道は楽しい藪でショートカットでき、8時5分のバスにギリギリセーフ。華厳の滝は潔く諦めて東武日光駅へ戻った。駅からは沼田さんがバスで自車の回収に向かい、帰京。ウォール講習会も無事に間に合い、河本さんの健闘を讃えた。

今回行けなかった太郎山、そして計画段階のリサーチで新たに知った日光修験三峯五禅道について詳しく調べ、また機会があれば山行に行きたいと思います。




2025年11月5日水曜日

20251105_アイゼン登攀訓練


 20251105_アイゼン登攀訓練

メンバー:落合(2・L)、鈴木(2)、孫(1)、今野(1・記録)

天気:晴れ

0830 広沢寺の岩場
1600 解散

なぜかメンバーの4人が11/5()が空いているということだったので、平日がら空きの広沢寺でアイゼン登攀訓練を実施した。0720あたりに発車する七沢行きのバスに鈴木さんがいなかったのでまさかの寝坊を疑ったが、広沢寺温泉入口のバス停にはしっかりと姿があった。聞けば交通費の節約のため駅から歩いてきたらしい(帰りも駅まで歩いていた)。ちなみに丹沢方面にいくための節約術としては小田急が発売している丹沢・大山フリーきっぷがあるのでこちらをおすすめしたい(実は相鉄線内の駅でも購入できる)。岩場に到着してからしばらくはもっぱらアイゼン・アックスを用いた登攀の練習に励んだ。アイゼンの前爪を岩にかける感覚を得ることができれば思ったよりも簡単に登れる。それよりも難しかったのはやはり手袋をつけながらの登攀であった。ホールドが素手よりはるかに掴みづらくアックス無しでは非常に苦労する。アイゼン登攀の後は、支点構築、マルチピッチのフォローのビレイ、1/3システムへの理解を深めた(これは実践あるのみで、映像記憶をすべし)。最後の約1時間は背負い懸垂の実践をして終了。自身は55㎏程の落合さんを背負って安定して歩くことができず力不足を実感した。


難しい方のルートに挑戦する落合さん


1/3システムの実践。80kg以上ある孫さんでも容易に持ち上げることができた。

2025年10月11日土曜日

20251011-12_小川山

  20251011-12_小川山

メンバー:河本(L・3・記録)、孫(1)、今野(1・記録)

10/11

天気:雨のち曇り

0940 廻り目平キャンプ場
1220 金峰山
1430 廻り目平キャンプ場

ようやく秋となりクライミングの季節がやってきたのであの小川山に行ってみることにした。青空クライミング日和になることを願いながらまだ暗い中央道を順調に走り抜け、9時前には木々の色付き始めた金峰山荘に到着した(孫さん運転ありがとうございました)。ところが、なんと到着早々透明な液体がお空から相当量ふってきてしまい、早々に登攀がマトモにできないことを確信した我々は百名山金峰山までハイキングすることにした。雨の中紅葉を存分に堪能できた私は当然上でも素晴らしい景色を拝めることを望んだが、残念ながら頂上はガッスガスのガスであった。さらに下山を始めてしばらくたつと予報よりも早々に雨がやみ、これなら昼寝をしてもっと長くクライミングをすればよかったと後悔したが、そうしても仕方ないのでガマスラブを1ルートだけ登ることにした。まず河本さんがリードでトップロープを張り後続2人がそれを使い登る形だ。ガマスラブでは孫さんがテレビやYoutubeでよくみるアレを頭につけて動画をとりながら登っていた。どうやらGoProよりいいやつらしい。キャンプ場に帰還後はバーベキューをしている楽しそうなパーティーを尻目にTUSACの新レギュラーとなりつつある焼きそばと孫さんが下さった魚肉ソーセージをを食べて就寝した。(今野)




何も見えない


紅葉が美しい

ガマスラブ

10/12

天気:晴れ

今日は晴れの予報なので予定していたマルチピッチのルート野猿返しに行った。廻り目平から遠いので朝5時過ぎに出発したが取り付きに着いたのは7時頃。一ピッチ目はクラックの入った岩の斜面を登る。トポよりも短めにピッチを切ったので何ピッチ目かは忘れてしまったが、核心ピッチではピナクルを左から回り込んで少しトラバースしたところでピッチを切った。そこからはリッジを上がると歩きのピッチになる。全部リードだったので怖かったです。かなりもたもたしてしまったが、長いコースをリードできて嬉しい。フォローの二人ともよく登れていたと思います。その後はガマスラブを一ピッチ登って下山した。楽しい山行でした。(河本)

2025年9月28日日曜日

20250928_仙ノ倉谷東ゼン

 20250928_仙ノ倉谷東ゼン

メンバー:L落合(2)、井上(1)

天気:晴れ
0855 
土樽駅

1055 入渓

1300大滝

1720稜線

1920平標山登山口バス停

 

始発で土樽駅845分着。井上がトイレに行くというのでしばらく待つ。長いなコイツと思ったら土樽駅のトイレにトイレットペーパーがなく、変態ムーブをかましていたらしい。で、ボチボチ歩き始める。割と暑いので沢への期待が高まる。冬は1日かかった仙ノ倉の林道も1時間で越える。井上にそれを伝えたら井上はお先真っ暗な気持ちになったらしい、雪は真っ白だけど。群馬大山荘から入渓点まではドロドロ道を進む。

入渓点

虫は少ないけど倒木は多い


30分進むといよいよナメが現れる


最初の滝

2つ目の滝。快適に登れる

西ゼンのスラブは綺麗
東ゼン。奥に大滝が見えて期待が膨らむ

これは中ゼン。とても登れそうにない

15m滝。手前右側のバンドから登っている人が多いが悪いので水流の近くから登った。

いよいよ大滝。ロープを出して1段目は右壁のバンドを左上→水流右寄りを直上。2段目は左壁から巻き気味に登った。

20m滝。濡れると寒いので右から巻き気味に登った。上部が急な草付きになっておりフェルトだと滑りまくった。

この滝を越えると沢も細くなってきて、最後の2股は右に入った。しばらくは沢地形を拾っていったが、稜線までの最後の10分くらいは沢地形がなくなり笹藪を漕いだ。稜線に出てからはスタスタ進み、平標山の少し先でヘッドランプをつけて元橋駐車場の登山口へ下山した。

2025年9月8日月曜日

20250908-19_夏合宿縦走(南ア 鳳凰三山ー大無間山)

20250908-19_夏合宿縦走(南ア)

メンバー:L落合(2)、井上(1)

この記録を見たら、違和感しかないんじゃないでしょうか、、、

夏合宿なのに2人。最初は全員いたんです。用事があるだの何だので日に日に参加者が減っていき、最終的に間抜け2人が取り残された。間抜けだから取り残されたのでしょうか。まぁ間抜け2人だと間抜けなことしか起こらないんですよね。こいつらバカだなぁとか思わずに、大目に見てください。

 

9/8 (落合)
天気:晴れ

1040 夜叉神峠
1525 
南御室小屋

本来は深夜に夜叉神峠を出発して初日に早川尾根小屋まで行く予定だったが、色々あって10時半頃に夜叉神峠登山口のバス停に着いた。約6時間のロスタイム。というわけで、初日にして予備日を使い、この日は南御室小屋まで、翌日に早川尾根小屋に入ることになった。 

ほとんどの登山者は広河原までバスに乗っていくため、夜叉神峠で降りたのは我々の他にもう1人だけだった。その方は我々のザックのでかさに驚き、背負ってみたいと言ってきたので、さぁ持ってみなされとばかりにザックを差し出したら、背負えなかった。補助をして背負わせてあげたが、よろけて倒れてしまった。そんなのを見るとなんだか誇らしくもなる。

そして、薄々気がついてはいたのだが(頑張って気がついていない振りもしていたのだが)、、、体調が悪い。熱を測ったら行けなくなると分かっていたので、熱は測らないでおいた。登り始めると同時に猛烈な頭痛と吐き気が襲う。前夜に、まだ軽いまだ軽いとばかりに大量のご馳走をザックに詰め込んだことを後悔しながら歩いた。こんな感じなので道中のことはよく覚えていない(寝ながら歩いていたかも)が、ずっとなだらかな登りだった気がする。したがって、深夜出発していたところで早川尾根小屋までたどり着けていなかったに違いない。

テント場に着いて夕食を作り始めたところで井上が「あっ、やばい」と言うので、「こいつ、大事な物を忘れてきたな」と思ったが、クラスの女子の名前を3人ばかり忘れてしまっただけだった(1週間後くらいに頑張って思い出すことに成功した。凄い!)。何をどうしたらそんなものを忘れるのか理解に苦しむ。しかし、この出来事は数日後に発覚する井上の忘れ物の前兆だったのかもしれない。私はというと、ただの熱中症だと信じて、起きたら治っていることを期待しおやすみなさい。初日からこの有り様で先が思いやられる。

 

9/9 

記録:井上
天気:晴れ
0515 
南御室小屋
1130 
早川尾根小屋

この日は、朝南御室小屋を出発し、鳳凰三山を経て、早月尾根小屋に宿泊しました。行程としては、そこまで長くありませんでしたが、長期縦走の2日目ということもあり、重荷に押しつぶされそうになりながら歩きました(35弱くらいあったかも)。鳳凰三山は過去にも訪れたことがあったので、懐かしいと思いながらホノボノ歩いたという記憶です。また、赤抜沢の頭と地蔵が岳の間の気にぶらさがり行った懸垂では、2人とも山に入りすぎて故の筋肉の衰えをひしひしと感じ、悲哀に明け暮れました。早川尾根小屋に着いてからは、テント場に誰も居なかったので(午後五時まで人の通過すらない)個人マットを広げ二人で昼寝をしました。山での昼寝は気持ち良く、いつまでも寝ていたいなぁと思いましたが、そうもいかない悲しい現実。結局この日は、遅くまで人が来なかったので解放小屋に泊まりました。個人的には快適な寝床で最高だったのですが、落合は耳元のカリカリ音に悩まされ、まともに寝られなかったそうです(可哀想)。翌朝、寝る向きを反対にすれば良かったのではと言ったところ、確かにと返されました。山では頭が働かないのでしょうがないですね。

オベリスクにはクラックがあったが、ロープがないと登れない

 

9/10 (落合)
天気:晴れのち雨
0300 
早川尾根小屋
0455 
アサヨ峰
0630 
仙水峠 0700
0820 
甲斐駒ヶ岳
1030 
仙水峠
1140 
長衛小屋
解放小屋を使わせていただいていたので撤収が早い。そしてそして、頭痛も吐き気も治っている嬉しい。真っ暗な中アサヨ峰まで登り、アサヨ峰頂上でちょうど明るくなってきた。というより、そうなるように出発した。日が昇ると暑いので。しかし、展望は1ミリもなく、風が強く吹いているだけだったのでさっさと仙水峠に向かって歩き始めた。アサヨ峰までの登りも、アサヨ峰から仙水峠までも、基本的には歩きやすいが、所々岩場があったり、木にザックが引っ掛かって面倒くさかったりする。仙水峠まで大きく下ってそこに荷物をデポし、甲斐駒ヶ岳に向かった。仙水峠でうたうたしながらデポ準備をしていたら大分時間がかかったので、今後も同様のシチュエーションがある可能性があることから、早く準備を終わらせる策を考えながら甲斐駒ヶ岳まで歩いた。仙水峠から甲斐駒ヶ岳までは荷物が軽いおかげで飛んだ。井上は、私にぶっちぎられて山頂で仏様になっていたので頑張ってね。甲斐駒ヶ岳山頂からは南の景色がきれい。あまりに綺麗なのでしばらく昼寝する。ただ、以降赤石岳まで景色を見ることはなかった。行きは尾根ルートを通ったが、帰りはトラバースルートで駒津峰まで行った。トラバースルートの方が総じて歩きやすい。仙水峠でデポ品を回収して長衛小屋まで緩やかな道をだらだらと下った。

 

9/11 

記録:井上
天気:雨
0210 
長衛小屋
0605 
仙丈ヶ岳
0830 
高望池

この日は北沢長衛小屋を出発して、仙丈ヶ岳を経由し、仙塩尾根を進んで高望池に泊まりました。まだまだ荷物は思い上に、天気も悪く、行動時間にしては大変な1日でした。仙丈ヶ岳近くでは、1番雨風が強く、心が軽く折れそうでしたが、高校時代に食らった大雨の数々を思い出せば、こんな雨も「やれやれ、またか」の気持ちで耐え抜けました。尾根を進み、樹林帯に入ると、大分温かくなり安心しました。少し進むと、高望池が見え始めてきました。普段から疲れると、テントや小屋の幻影が見え始めることに定評の私ですが、今回は確かにテントが池のほとり(池は枯れている)にテントが張ってあるのが見えました。思いがけない場所にビバーク場所を見つけた私たちは、両又小屋まで下りたくなかったため、ここに泊まることにしました。明日の行動時間はさして増えないにも関わらず、今日の行動時間を大幅にカットできた喜びでノリノリのグータッチをかましました。

 

9/12 (落合)
天気:雨
0200 
高望池
0310 
野呂川乗越
0600 
三峰岳
0800 
北岳
1000 
三峰岳
1100 
熊の平小屋

この日も三峰岳直下の岩場あたりで明るくなるように出発時間を設定した。岩場までは前日同様樹林帯である。小1時間岩場を登って三峰岳に到着した。ここに荷物をデポして北岳往復に向かう。本来は丸1日使って、熊の平小屋から北岳、間ノ岳、農鳥岳に行く予定だったが、計画に追いつくために三峰岳から北岳ピストンに変更した。雨で景色のない中歩くのは虚無であった。三峰岳に戻ってきて熊の平に向けて歩き始めて10分くらいしたところで遠くで雷が鳴り出したので樹林帯に入るまでは走って下った。熊の平小屋に着いたら山梨大学の山岳部がいて、近江さん、縄さん、尾高さんの3人が2年半前に行った厳冬期南ア主稜線縦走時に山小屋ノートに書いた文章を見たと言われ、びっくりした。厳冬期南ア主稜線縦走ね!楽しそう!!!

そして、ここからが本日のハイライト$$$

井上:「なんでカレーメシのパックが奇数個しかないの???」

はいはい来た来た来た、一応自分の中で想定の範疇ではあったが、まさかまさか本当にやってくれるとは。井上が朝食を3.5日分持ってこなかったんですね。阿呆な井上は絶望していたが、想定していたミスが起きたわけなので、私は針に糸を通した気分になって嬉しかった。というわけで、ここからキリキリ舞いの朝食が始まったのでした。

 

9/13

記録:井上
天気:雨
0415 
熊ノ平小屋
0845 
塩見岳
1145 
三伏峠

この日は熊の平小屋を出発し、塩見岳等を経由して三伏峠小屋に泊まりました。この日も、例に漏れず雨が降るとても寒い日でした。あまりにも視界が無かったこともあり、行動中の記憶がほとんどないのは大変申し訳ないです。この日も重荷を背負いながら、行程を終わらせ、三伏峠小屋に着いた私たちは、小屋から往復30分の場所にある水場に水を汲む担当を決めるためジャンケンをしました。結果負けたのは私でした、、、。水を渋々汲んできたあとは、その日一日でお腹を冷やしすぎたのか、お腹を完全に壊しました。長いこと休んだ後にトイレに行ったところ治りましたが、防寒着を着る判断を早めにしておけば避けられた苦しみなので、今後に活かしたいと思います。

 

9/14 (落合)
天気:雨
0530 
三伏峠
0620 
烏帽子岳
0715 
小河内岳避難小屋 0805
1010 
高山裏避難小屋

この日は荒川小屋までの予定だったが、雨風が強いことが予想され、荒川岳の稜線に出ることが躊躇われたため、高山裏避難小屋までとした。烏帽子岳までは樹林帯&稜線が東西方向なので西の強い風が来ても問題なかった。烏帽子岳で稜線が南北方向に変わるため、西風をもろに受ける。晴れてたらどんなに景色が、、、とか考えていたらあっという間に小河内岳に着いた。寒いので避難小屋に入る。避難小屋には3日前から悪天で閉じ込められていたという家族がいたので水を差し入れたらお湯を作ってくれた。そんなこんなで体も心もポカポカになったら外に出たくなくなったが、色々押し殺して無理やり出発する。小河内岳には今日中に荒川岳を越えるのだと言う人がいた。私はどうしてもそんな気分になれない。小河内岳からは一気に下って樹林帯に入った後、いくつかピョコピョコして2時間くらいで高山裏避難小屋に到着した。高山裏避難小屋は今シーズンの営業を終了していたので避難小屋を使わせていただいた。この日は我々のほかに鳥倉から赤石岳ピストンのパーティーと沢登りのパーティー総勢8人がいた。

9/15

記録:井上
天気:雨のち晴れ
0505 
高山裏避難小屋
0740 
荒川中岳
0820 
荒川小屋
1030 
赤石岳
1230 
百間洞山の家

この日は高山裏避難小屋を出発し、荒川岳、赤石岳を経由して、百間洞に泊まりました。朝は、霧に包まれ風にも吹かれましたが、前日程の風の強さではなく危なげなく岩稜地帯を通り抜けることができました。この位の日にちになってくると、荷物もかなり軽くなっており、荒川岳も赤石岳もかなりの標高ではありましたがさほど苦労せずに行程を終えることができました。特に、赤石岳の手前で5日ぶりの晴れ間が見えたときには、ただの晴れ間に2人して感動し、そのありがたさや美しさを噛み締めました。百間洞では、クマがいると注意を受けたその夜、落合がテントの外にそれっぽい足音を聞いたらしいです。入ってこなくて良かった。




 

9/16 (落合)
天気:晴れ
0540 
百間洞山の家
0755 
兎岳
0930 
聖岳 1000
1130 
聖平小屋

百間洞周辺でクマの目撃が相次いでいるというので明るくなってから出発した。樹林帯を登っていって森林限界を越えたあたりで稜線に出る。中丸盛山で最初の休憩をしたあと、一気に兎岳まで行く。ここら辺が今縦走で最も良い景色だった。というより、ずっと雨だったので綺麗と呼べる景色をほとんど見ていない。聖岳は最初急斜面を登ったあと、ダラダラと登って到着。山頂にはこの日に聖岳で100名山を制覇したという方がいたので一緒に喜んだ。その方には聖平小屋にてジュースの差し入れを頂いた。聖岳からはザレ場を下ったあと、樹林帯を歩いて1時間くらいで聖平小屋に着いた。まじで先に進みたかったが、光岳小屋の予約のこともあるから進めなかった。というわけでこの日も昼寝。気持ちはいいが、縦走中全く疲れを感じることがないのでなんだかなぁという感じ。

最近山の景色に感動することなんてもうないだろうと思っていたが、久しぶりに綺麗な景色を見ると嬉しい。


9/17

記録:井上
天気:雨
0410 
聖平小屋
0600 
上河内岳
0720 
茶臼岳
1100 
光岳小屋

この日は聖平小屋を出発し、茶臼岳等を経由し、光小屋まで行きました。ここ2日間程は晴れていたものの、この日はしっかり霧がかかってしまいました。そのため、光小屋までのいくつかの山頂に着いても展望は無く、あまり山登り日和とは言えない感じでした。霧の中、軽くなった荷物を背負い、私達は光小屋までスタスタ歩きました。光小屋に着いたあとは、深南部の天気を調べるため、私は1時間程の電波探しの旅に出ました。わざわざ、光岳や光石まで登ったにも関わらず、テント場の近くの薮を少し入った所が1番電波が入るというのは結構悲しかったです。無事、それからの天気を把握した私達は美味しくご飯を食べ、来たるべき深南部に備えぐっすり寝ました。

 

9/18 (落合)
天気:曇り
0500 
光岳小屋
0540 
百俣沢の頭
0750 
信濃俣
1145 
大根沢山
1435 
三方嶺
1500 
三隅岳

今日から深南部。それまでの、午前中は登山道歩き、午後は昼寝という生活を考えたらここからが登山という感じなのでやる気が出る。前日に光岳小屋から大無間山までの尾根を眺めたが、意外と近くない?という印象。1日で大根沢山までしか行けていない記録が多いので、さぁ我々はどこまで行けるかと幾度となく考える。日の出と同時に出発したが、ガスっていたのと鬱蒼とした樹林帯だったことでしばらくは暗くて前がよく見えなかったが、踏み跡がしっかりしていたので問題なかった。百又沢の頭からの下りは尾根が広くなってよく分からなくなったので、とりあえず正しい方角に向かってテキトーに下り、尾根が狭くなった辺りで尾根に乗った。そこから信濃俣まで尾根は狭いので迷いようがない。信濃俣のコルまで来ると、信濃俣がマッターホルンのように聳えている。マッターホルン見たことないけど。テキトーに信濃俣を登ってから進路を南に変え、10分ほどで椹沢の頭に着く。ここの下りも尾根が広くなっていたがあっさり抜けて、小ピークをいくつが越えたらいよいよ大根沢山の登りに差し掛かる。この登りの途中にビニールに入ったザックやマットといった登山道具一式が落とされていた。誰かがデポしたものかとも思ったが、誰にも会わなかったし、人の気配もなかったのでなんだか不思議。遭難者じゃないといいんだけど。テキトーに尾根地形を拾いながら登って、大根沢山山頂に着いたらまだ午前中。というわけで、三方嶺を目指す。大根沢山から1時間くらい下ったところのコルから東側の沢に降りて水を確保し、三方嶺の登りに差し掛かる。いくつか小ピークがあったが、ほぼ巻いた。ただし、枝攻撃をまともに受けたくないなら安直に巻かないほうがいい。三方嶺に2時半。まだ行けるので、三隅池手前の2102m
ピークを目指す。2102mピークに3時。まだ行けると思ったが、この場所が笹でフカフカでベットみたいだったこと、大無間山に登りだすと山頂まで幕営適地がない可能性が高いこと、大無間山山頂にこの日の強風を防げる快適な幕営地があるか分からなかったことからここでストップすることにした。テントを張って直ぐに、自分の中で恒例になっている深南部マシュマロ焼き大会を開催したが直ぐに飽きたので残りのマシュマロを全部井上にあげた。


これのおかげで2102ピークに名前があることを知った



9/19

記録:井上
天気:曇り
0540 
三隅岳
0625 
大無間山

0750 小無間山
1140 
田代

この日は、大無限山手前のピークを出発し、田代で下山しました。この日は、朝出発してすぐに大無限山の登りがはじまりましたが、前日の登りに比べると比較的緩やかで楽に登れました。そこからも大変な登りは現れず、小無限避難小屋まで早いペースで進み、帰りのバスの時間にも余裕が出てきました。計画段階では小無限避難小屋に泊まる予定ではありましたが、帰りのバスに乗れることがほぼ確実だったので、私達はそのまま進みました。一応避難小屋を覗いて見ましたが、中身は広く、中々綺麗でした。このまま順調に田代まで行けると良かったのですが、最後の最後1本尾根をはずしてしまい、そのまま登山道ではない場所から下山してしまいました。コンパスで確認したところ、尾根の方向が微妙にズレていたようです。これからは、微妙なズレにも気づけるくらいコンパスに慣れていきたいです。

いよいよ最後の大ピーク


こんなところから林道に出てきてしまった

鳥居を潜って合宿終わりは新しいパターン